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2020-02

瀬戸國勝さんとの夜。

setohaku.jpg

 
今年も昨年同様、札幌の丸井今井デパートで開催されていた「瀬戸國勝漆器展」の最終日の夜に、瀬戸さんご夫妻とご一緒した。

毎年この日記に登場していただく瀬戸夫妻。
1988年の大晦日の夕方に、東京のボロアパート住まいをしていた横浜人のボクは、能登半島は輪島の瀬戸さんのお店でお二人と知り合った。そのまま「天才料理人坂本」の手打ちそばと銘酒をたしなむ会に呼ばれ、ひんしゅくを買いながら元旦にも押しかけてしまったボクが、瀬戸夫妻と偶然の再会を果たしたのは1996年、札幌丸井今井の「加賀老舗展」だった。1992年から、ボクは小樽人になっていた。

以来、毎年一度はご一緒するのが慣例になって来た。
昨年は、再会した年にご紹介して以来、お二人が猛烈に贔屓にしてくださっている「おでん 一平」さんでお逢いした直後に、あの能登の大地震が起きた。
お二人は旅先でわが町の被災を知った。
ボクも慌てて電話をしたけれど、通じなかった。

「あの地震で被害を受けなかった人はおらんよ」

日本中を個展でまわるご夫妻は、旅が続いていたので作品の在庫の多くを旅先に送っていたという。おかげで比較的「被害」は少なかったというが、それでも三方から倒れ込んだ棚の下で押しつぶされた作品に涙をのんだ。

昨晩は、狸小路市場にある「すし しもくら」にお連れして激賞をいただいた。

「札幌にも、こういう酒肴を楽しませてくれる、寿司屋さんがあるんやねえ」

ひと晩に二軒、三軒とめぐっていた時期もあったのだが、近年は一軒でお別れすることが多くなっていた。今年は、瀬戸さんが「しもくら」を出た直後に「なんか今宵はえらく楽しいのう」と大きく伸びをしたので、ボクはすぐそばにある、大好きな日本酒のバー「もろはく」に夫妻を連れて行った。

「“今夜の一杯”をいただいて帰ろう」

そう言っていた瀬戸さんは、結局、四杯の日本酒を心から楽しんでいた様子だった。

良かった。

瀬戸ご夫妻ほど舌の肥えた食いしん坊、まして、食べ物を盛る器を作っている、今や漆器の大作家である瀬戸さんを新しい店にお連れするにはやはり勇気がいる。むろん、お気に召さずとも、それをどうこういうようなお人柄ではないが、意に反して口先だけで賞賛する方でもない。

それが昨日は、二軒とも新しい店で、そのどちらも非常によろこんでいただいた。
もろはくのオーナーバーテンダー浜口さんもお勘定の際、こっそりボクに、
「今日はちょっと緊張しました」と告げてくれた。

けれども、飲みたい酒のイメージを伝えるだけで、当意即妙に次の一杯を提供する浜口さんの酒の味わいと、そのプロの仕事ぶりへの敬意がどんどん瀬戸さんをとらえたからこそ、一杯のはずの酒は四杯になったのだ。どちらの店も、その一途な仕事ぶりが、結果的にそこにお連れしたボクの顔をも立ててくれたことになる。それが素敵な店の力なのだと思う。

瀬戸さんと再会した1996年の暮れ、ボクは1988年の輪島で年越しそばを打った、坂本さんの営む料理の宿に足を運んだ。旅館「さかもと」は、輪島と同じ能登半島の珠洲市にある。そこでボクは天才のそばとも8年ぶりに再会した。それは、心が震えるようなそばだった。

昨晩、瀬戸さんが言った。
「ホシノさん、あんた、食のこと書くのが仕事なら、あらきそばに行かなくちゃいかんよ。ホントに、今すぐにでも行くべきだ。あかんよ、まだ行っとらんなんて」

「あらきそば」とは、天才坂本さんが心底惚れ込んで、頼み込み、住み込んで、押しかけ弟子になったという、山形県のそば屋である。近年、山形県の民家のそば集落が脚光を浴びたけれど、瀬戸さんは、あまりにも当たり前で普通すぎるように見える荒木さんのそばに潜む深淵さを、まだ間に合ううちに、とにかく目撃しておかなくてはいけないという。それは、食のみならず、あらゆる仕事に共通する普遍的な凄さだと。

明日は仕事のない日だから、と、「あしたのジョー」を読み返すたび、大間のマグロ漁師のドキュメントを見るたびに涙がとまらない瀬戸さんは、少年のようにはしゃいだ後にしごく真顔になって、何度も「あらきそば」の話を繰り返した。

瀬戸さんありがとう。
今年中に、天才のそばのふるさとを訪ねてみよう。




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再会、トゥレベルク工房・国本 貴文。

くにもと1


新貝 伸二さんの絵本の読み聞かせが行われた「L.i.b gallery」のすぐ隣には、偶然にも今年の正月に取材をさせてもらい、この3月まで手がけていた日本航空さんのホームページでご紹介した木工作家・国本 貴文さんの「トゥレベルク工房」がある。

顔を出すと国本さんはいた。
最近納品があった札幌の北星大学の大仕事の直後で、ちょっとした脱力感の中、次の個展のテーマやタイトルについて思いを巡らせていたところだったという。

「世の中のものの多くは、素材がデザインに従っている。でも、初めにデザインありきではなくて、素材(木)が持つ本来の表情を引き出すために、結果として取り入れるのがデザインだと僕は思っている」

という国本さんのコトバというか、姿勢に感銘を受けて、僕はいっぺんに彼のファンになってしまった。だって、作家の観念のみにとどまらず、彼の作品は本当に彼のコトバそのままだと感じられるからだ。

くにもと2


国本さんの仕事場に足を踏み入れると、色も質感も重さも違う木で作られているけれど、サイズとデザインが統一された一輪挿しが120個並んでいる。圧巻である。この一輪挿しが、先ほどの国本さんのコトバを象徴していて、もう他に説明の必要もないのだ(1月20日「国本貴文さんの一輪挿し」参照)。


今回は一輪挿しではないけれど、少し前に作られた国本作品を小樽の自宅に連れ帰った。新しいわが家の仲間は、いったいどこに収まってもらおうか。まったくこの作品のためだけに、拙宅をリフォームしたくなってくる。

くにもと3




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絵本の読み聞かせ。

読み聞かせ。


僕らのロケ関係の仲間で、美術スタッフとしてよく現場で一緒になる新貝伸二さんという人がいる。父上が病床に長くいらしたので、事実上、父上の工務店を継いでいたのだけれど、ご本人がもともと劇団で芝居をしていた関係もあって、われらが舞台美術家「世界のタカダ」に舞台やCMの世界に引き込まれた。

昨年、若くして旅立たれた奥様の一周忌を先月迎え、先々月には父上までお亡くなりになるというご不幸が続き、いろいろ思うところがあって、新貝さんは再び舞台に経つことを考え始めた。役者としての表現もさることながら、これからは絵本の読み聞かせを長く続けて行きたいという。

4月29日土曜日、札幌の盤渓(ばんけい)という山奥にあるギャラリーを借りて、彼が読み聞かせをするというので出かけてきた。
しんかい2

彼の人柄そのままに、飾らない淡々とした語り口で、北海道の絵本作家の作品をいくつか、それから新井満さんの「千の風になって」を朗読。
音響を担当したのは、中学生になるお嬢さんだった。

5月6日、10日、20日、23日にも同じ「L.i.b gallery」(011-622-4392)で『ザ・リーディングシアター “浮谷東次郎の世界”』と題した新貝 伸二さんのシリーズが企画されている。

コトバとその音色だけで紡ぎ出されて行く“読み聞かせ”の世界。こんな世の中だからこそ、大人とか子供とかを超えて、じっくりと向き合い、耳を傾けてみると、何か優しいものが聞こえてきそうな気がする。

しんかい3




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