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2020-04

至福の蔵。

6ツの蔵

夕張郡栗山町の小林酒造直営の酒亭(札幌市中央区南2条西4丁目)がなぜ『七番蔵』というのか。
冒頭の写真はそれを説明している。

一番蔵

創業百三十年を越える造り酒屋の、明治大正昭和の酒蔵が一番蔵から六番蔵まで。その酒屋が札幌に七番目の蔵を開きました。四代目からお声がかかって、二〇〇三年に開業した酒亭を『七番蔵』、そう名付けた。

逆打ち

この週末、十四、十五日はその小林酒造の恒例酒蔵まつりが開かれた。二日間で二万六千人を超える人々が訪れたというだけあって、僕と相棒が訪ねた土曜日の昼もたいそうな混雑だった。その割には栗山を代表する風景であるところの、この蔵の連なりを愛でている人は意外に少ない。だから初めて訪れる相棒を入場前にまずここに連れて来た。

にぎわい

試飲の大将

始まってまだ二時間と少しなのに会場はごった返していた。

精志さん2

いつもの試飲コーナーに専務取締役の小林精志さんがいた。常に最前線で汗をかきながら、日本酒の素晴らしさ、自分たちが作った酒の素晴らしさをひとりでも多くの人に手渡しで伝えたい。その情熱は半端ではない。目が合うと、てんてこ舞いの状況にもかかわらず、「ああ、ホシノさんだぁ! 滅茶苦茶お世話になってる人なんですよぉ!」と誰にともなく叫んでくれた。

酒林

仕込み水

蔵の中

ひとしきり相棒と試飲をし、出店をひやかし、蔵の中をめぐってから、僕らは四代目へ挨拶に敷地内にある本家にお邪魔する。これは前述のご縁あればこその僕にとっては身に余る光栄で、一般の方には立ち入り禁止と表示されている、祭りの喧噪から逃れた重要文化財指定の建物なのだ。ファンの方々、申し訳ありません。

外観

四代目夫人に客間に通され、囲炉裏端の席に促されると、四代目と専務のご母堂である三代目夫人が膳を持って来てくださる。さすがに相棒もそうはない展開にかしこまり、少々緊張の面持ちだ。昨春はあの震災があり、三代目が逝去され、祭りを開催すべきかの葛藤があったそうだけれど、敢えて開催した昨年の祭りは過去最高の動員となり、被災地への義援金も集まった。先般、先代の一周忌がとり行われたばかりと伺った。

かしこまる

十七、八年に渡ってお邪魔している僕も三代目夫人にお酌していただくなんて初めてのことだ。
相棒はなんて幸運な奴だろう。僕はひそかに美しい先代夫人の大ファンなのだ。

大女将お酌

しかもだ! おっかけ現れた四代目社長、小林米孝さんにも、さらに四代目夫人にも! 
しばし四代目とわれわれのなれそめ、というか取材での出逢いから七番蔵に至る想い出話に花が咲いた。

四代目

若女将お酌

眼のつぶれそうな僥倖。至福のときが流れて行く。

歴代
(凄い! 三代目と四代目の両夫人におもてなしいただくなんて!)

彰トイレ

甘えついでに若女将に館内を案内していただく。僕が事前に吹聴していた中でも、なによりTOTOやINAX 等、専門家が拝見しに来るという凄い手洗いに度肝を抜かれている相棒。

小用

ステンドグラスも大変な価値らしい。

大用

相棒は僕の想像以上にこの展開に感動し、いたく興味をそそられ、知的興奮状態にあった。

正面

すっかり無粋に長居させていただいた僕らは四代目夫妻、三代目夫人に暇乞いをして、改めて祭り会場へ戻る。北の錦ファンのみなさま、大女将も四代目も、出来ればみなさんに見ていただきたいのだけど、とおっしゃっていました。ほんとうにごめんなさい。

試飲2

さらに試飲、購入をしていたところに顔見知り数名に遭遇。

外飲み

今度は彼女らの陣取った席に導かれた。

精志さん3

そこに専務取締役、小林精志さんが登場。

集合

北の錦ファン、栗山ファンの常連さんはみんな精志さんが大好きだ。

暮れ色

いたれりつくせりの蔵の時。絞り立ての酒に、人の縁に酔いしれる。
名残惜しいけれど、もうそろそろおしまいのバスの時間だから。















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水もしたたる…。

shinsui.jpg


二日酔いの頭を抱えて事務所に到着すると、何やら奥から水の音がする。
見るとトイレの水を流すレバーが戻り切っておらず、便器から水がしたたり落ちている! え!? これ夕べからずっと? 幸い流れ出しているのはきれいな水だったけど、ロケ関係の備品や書類を保管する事務所のバックヤードが完全に水没(足首くらいの水位)している。
デスクやコンピュータのある表側は、自分たちで床を張ったりしてレベルが一段高くなっているので助かった。二部屋の間にドアがあるものの、段差がなければ事務所側もやられていただろう。

ボスやヒサシたちは、今月中旬に撮影がある韓国映画(サイダスという韓国最大の映画会社の作品)のロケハンティングに出かけており、事務所は僕独り…。
ああ、ただでさえ、二日酔いと記憶を派手に失った自己嫌悪で足を引きずって歩いてきたのに。追い打ちをかけられた。   sigh …

昨晩ご相伴したのは、富良野で知り合った兵庫県尼崎市の I さん。
昨年6月、駅のそばにある、北の国からのスタッフからも観光客からも圧倒的な支持を受ける、超有名郷土料理店「くまげら」のカウンターで僕が独り飲んでいた時のこと。くまげらの看板メニューであり、僕のこれまでの人生で堂々第一位の鍋である「山賊鍋」を考案した店主森本さんと話している時、隣に座っていた一人旅の男が I さんだった。

いつしか3人で話始めていたのだが、しばらくして突然森本さんが「ちょっと出ようか」と僕らを誘う。連れて行かれた富良野市の体育館? では、森本さんも運営に参加しているビールパーティが開催されていた。そこは巨大なビアホールと化しており、それはそれは凄い熱気。富良野中の人がここに集まっているのかしらん、というほどに。

自分のクルマで海を渡ってきた I さんは、最初アルコールをセーブしていたんだけど、元々好きな人らしく、この時点で火がついた。くまげらに戻ってからは、さっきまで辞退していた日本酒を飲み始めた。そりゃそうでしょう。くまげらに遠くから訪れて、酒を飲まないのは愚かすぎる。くまげらの酒は、森本さんが日本中歩いて見つけ出した素晴らしい酒蔵と杜氏さんに直接話をつけ、特別に作らせているオリジナルである。しかも交流のある書家や画家に自分の命名した酒のラベルを書いてもらっていて、この名前やその書がまた素敵なのである。おっと、このままだと「くまげら」の話に脱線してしまう。今日はこのくらいに。明日くまげらに仕事で行くことが、これを書いているたった今、森本さんから電話があって決まったので、くまげら話は次の機会にということで、話を元に戻す。

その晩、僕たち二人はお座敷席のあるくまげらの二階に泊まった。
憧れ続け夢にまで見た山賊鍋と日本酒と人間森本。僕の北海道移住の動機には、間違いなく「こっちに住めばくまげらに近くなる」という項目が含まれていた。東京時代に倉本 聰さんの仕事の関連で初めてくまげらに出入りするようになって20数年、風の色の代表山野がなんと森本さんと仲良しで、突然くまげらとの距離が別の意味で縮まったことは、本当に本当に嬉しかった。

あ、やっぱりくまげらのこと書いてます? 

二階に泊めてもらうようになったのは、さらにここ数年のことなのに、I さんときたら、はじめてやって来て、いきなり泊まっちゃった! なんて幸運な男だ。

で、やっとホントに話は戻って、今回 I さんとはそれ以来の再会だったのだが、殊勝と言うか、けなげと言うか、4日間の北海道滞在中、彼は僕のこのブログや先日まで書いていたJALさんのホームページに登場する店を一網打尽にしたのである。「サフォーク大地」「アイスクリームバー」「喜香庵」…。
3日目にして最後の夜となった昨晩、僕らの行き先は彼のたっての希望で「おでんの一平」。カウンターで感動しきりの I さんに加え、右端に座っていた常連らしき女性が、明らかに10年以上も前に僕が書いた一平さんの記事について話しており、しかもそれがたいそう褒めてくださっているので、僕もなんとも上機嫌になってしまったのです。今もその記事を大切にとってあると言うんですよ! すかさず、店主谷木さんが「それ書いたのこいつだよ。へんな奴なんだ」と僕の方を促したのでありました。

そんなこんなで幸せが加速度を増す夜…。
2軒目は、店名の命名とロゴ制作、印刷物の一切と品書きなどを手がけた、老舗蔵元直営の日本酒と地鶏の店「七番蔵」。3軒目は、取材を受けないので書いたことはないけれど、天才と思ってる寿司職人まことさんの店…。でも、七番蔵の途中から、恥ずかしいことに、僕は記憶を失くしていた。支払いや、まことさんの寿司のことを思い出せない。ああ、sigh …

気がつくと僕は、最寄り駅に借りている駐車場の自分のクルマで眠っていた。ということは、すすきのを出て、地下鉄に乗って札幌駅、JRに乗り換えて小樽築港駅まで40分。チケットやカードを入れたり出したり、終点ふた駅前なのに乗り過ごしもせず、しっかりと降車し歩いて駐車場に向かい、鍵を開けてクルマに乗り込んだという訳か。その記憶がまったくないのだ。乗ったのがたとえ終電だったとしても、小樽築港駅には午前0時25分着。僕が目覚めたとき時計は午前2時半を回っていた。

痛い風の持ち主の癖に、脳みそから酒がしたたってきそうな不快感は、酔いというよりも激しい自己嫌悪によるものだろう。落ち込むのも無理はないでしょう?
威張ってもしょうがないけど…。
そして今朝、事務所のトイレからは水がしたたっており、幸せの結末はどうしてこう悲劇的なのでしょう。



(面白がって読んでもらえたのなら…)
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樽。

樽1


小樽の町、午前一時の路上。
ふらふらと花園。
カスバのように軒をつらねる飲み屋。
金曜日とはいえ、でも、開いている店は少ない。

こういう時に、
待っていてくれたかのように、
静かに迎え入れてくれる店はありがたい。
呑んべえや旅する人はいつもわがままで、
自分の気の向いたときだけふらり訪れるくせに、
相手にはいつまでも変わらず、同じようにいてほしい、
と切に願っている。
というより、いつまでも変わらずにいてくれる、
と、勝手に思い込んでいる。

「樽」は客をそんな気にさせる、
小樽には数少ない飲み屋だ。
「飲み屋」としか言い表せない酒場、
あ、「酒場」もいいかもね。
最初に僕を「樽」に連れて来てくれたのは、
小樽の写真家、志佐公道さんだった。

今宵の連れは、
昨年から北海道に進出してきた、
日本No.1のロケ・コーディネイトカンパニー、
ヘブンリーバレーの代表・ミツハシさん。
札幌フィルムコミッションのイノウエックス氏。
お二人は、小樽フィルムコミッション主催のセミナーの講師として、
後志エリアのフィルムコミッション担当者たちの前でしゃべって来た。
余市で開催されたそのセミナーの帰りに小樽に立ち寄ったという訳。
さっきまで、
先日の風の色の郵政公社CMロケで自宅玄関前を撮影に提供してくれた、
小樽のロケーションコーディネイター、ツヨシ君と、
小樽フィルムコミッションのワタナベさんも一緒だった。
というよりも、
その4人が小樽で飲んでいるのを聞きつけて、
札幌で仕事を終えた小樽在住の僕が乱入した、
という方が正しい。

午前二時にもなると、かなり僕らもよどんでいたけれど、
お連れした二人とも「樽」の雰囲気を気に入ってくれたようだ。

なぜか「かまくら」と命名された、
ほっけの粕漬け?を焼いたのは絶品でしたぜ。
ホヤの塩辛、タコ刺しもいただいたのは午前二時半頃?

端正な顔立ちの店主はこの場所で「樽」を39年営業しているというが、
(どんな業態の店でも、主を迷わず「マスター」と呼ぶ北海道式を、
 どうも今でもあまり好きになれない)
意外なことに小樽の人でも、北海道の人でもない。

「40年も前に小樽にやって来て、ずっと居続けているあたりに、
 なんか物語があるんでしょうね」と僕が言うと、
「ふふ、逃げて来たんですよ」と真偽の分からない言葉を返した。
僕だってもちろん詮索するつもりなんかない単なる軽口だったから、午前三時からの話題はいつのまにか映画のことに移っていった。

ジャン・ギャバンは素晴らしい!
ということで、僕とご主人は盛り上がって、
「望郷(ペペル・モコ)」もいいが「ヘッドライト」は切なくて秀逸だったと僕が話すと、その年でアレを見ているのか! と妙に感心され、喜んでいただいて、フランソワーズ・アルヌールがどうとか、しばしフランス映画の題名や俳優名があれこれ飛び交った。
と思ったら、その少し後にはクロサワ映画を支えたのはミフネという不世出の役者である、とご主人が拳をふりかざさんばかりに力説した。僕の方は、重厚で深遠なテーマの作品群もよろしいが、「椿三十郎」のような、“ 痛快娯楽時代劇 ” はクロサワの真骨頂 … 云々。そこでまたご主人が、はっし!と手を叩き、そうなんだ!  でも、あの時の伊藤雄之介の「馬の方が僕よりも丸顔」という台詞は最高 … 

尽きることない話題に果てることのない夜は、
更けていくというよりも明けてゆく?

樽2

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