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2006-02

喜香庵の蕎麦会。

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旭川ー夕張、一週間の強行軍から帰還の翌日、
2月27日月曜日は、ごひいきの札幌の蕎麦屋、
喜香庵の蕎麦会に呼ばれていた。
昨年秋から私が一番力を入れていた仕事であり、
いよいよ3月いっぱいで終了するホームページ
“JAL SKI 2006”の「北海道を味わいつくす!」
http://www.jal.co.jp/jalski/
でもご紹介しているので、ぜひご覧ください。
(あ、この日記内では、昨年12月23、29日、1月12日に
 喜香庵さんをご紹介しています)

ここ何年かはお休みしていたという喜香庵の蕎麦会だけれど、
しびれるほど素敵なそば粉(正確には自家製粉なので玄そばですが)
を入手できたので、いくつか違う種類のそばを打ち分けて、
その味の違いを楽しもう、もちろん酒もたしなもう、
という趣向の会なのである。

1月12日の取材の後、
2月の1日に店主の阿岸さんから、
そばつゆの仕込みに改良を加えたら、
われながら実にいい仕上がりなので食べにきませんか、
という電話をいただいた。
翌日さっそく出かけていただいてみたら、
これがほんとに素敵なつゆになっていたのだった。
切れ味がよく、軽くてすっきりとしているのに、
そばを迎え撃つだけの深みはきちんとたたえた味わいと言おうか。
潜在的な重みを宿した透明感というべきか。
こんなとき、かの開高健なら痛快にこのつゆを表現してくれるだろうに、
僕の筆ではそれができないのがもどかしい。
取材の際にうかがっただしの食材や醤油、隠し味の調味料など、
レシピはいっさい変更していないけれど、
仕込みの段取りにちょっとした工夫を凝らしたのだそうな。

蕎麦会は常連だけを店主が直接お誘いする、
20名程度の内々の会なのだけれど、
「ホシノさん、いつがいいですか、
 ホシノさんの都合に合わせます」
と光栄すぎるお言葉をいただいて、旭川ロケ、夕張映画祭の翌日、
ということに相成ったのである。

ちょうど夕張でご一緒していたこともあり、何より、
そば屋酒を理解してくれそうな面子ということで、
HFAの副会長と事務局長(さっぽろフィルム・コミッション)、
同じく同連盟の副会長でもある、風の色のボス・ヤマノをお誘いした。

次々に供されるそば屋酒の酒肴に、
その度小さな喚声が上がり、
こりゃたまらんとさらに杯を傾ける。
栃木の四季桜
http://www.shikisakura.co.jp/
の(花神特別)本醸造がそばと圧倒的に相性がいいことは、
この店に最初にお邪魔した時に知ったのだが、
この夜の新たな収穫は、
山形の名酒・上喜元(じょうきげん)
http://www.kigawaya.com/sake/jyouki/
の(雄町)吟醸をぬる燗でやると、
舌にしびれるような鮮烈な感動が走ることだった。

喜香庵の必殺技のひとつ、「鴨がき」の登場で、
われわれの食卓の盛り上がりはピークに達した。
「そばがきの概念が変わった」
「まったく生きていてよかった」
などと同好の士たちが口々に言って、
ご案内した僕も鼻高々。

そこへとどめの蕎麦三連打。
最初に道内を代表して弟子屈のぼたんそば。
続いて茨城県三和の常陸秋そば。
どん尻に控えしは、同じく茨城県新治の常陸秋そば。
それぞれがほんのりと緑色がかっているのが美しい。

「最初につゆをつけずに、そばだけで食べてみてください」

こうしたことをあまり客に強いる店は本来僕は苦手なのだが、
喜香庵の阿岸店主はそうしたタイプではないし、
普段はそんなことは言わない人なので、
素直にしたがってみる。
次につゆだけ、それからネギを入れ、長野県親田の辛味大根のおろし、
静岡の本わさび、と段階を追っていくと、
さまざまな蕎麦の表情を堪能することができる。
なにより続けざまにいただくと、
それぞれの蕎麦の香りが明確に違うことが、
誰にでも実感できる。

香りを、喜ぶ。

決して堅苦しい形ではなく、
わいわいとにぎやかに酒を飲みながら、
でも、ことの運びの中でいくつもの感動に出逢いながら、
そばとそば屋酒の悦楽のトリコになってゆく。
そして、こうした趣向に興じていること自体が、
とても豊かに、知的なお遊戯にすら感じられて、
さらに僕らの杯は乾く暇がないのだった。

し、しあわせの、そばやざけ。
もっと、もっと、
たくさんの人に知って欲しいので…。

嗚呼、二月は、逃げる。
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夕張国際ファンタスティック映画祭。

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映画祭最終日の朝10時から、この日記でも2回ほどご紹介、
つい先日クランクアップしたばかりの映画「壁男」の、
早川 渉 監督トークショーが、わが「HFA 北海道映像産業振興連盟」
および「HFC net 北海道フィルムコミッション・ネットワーク」
のブース内特設会場で行われた。
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同じ頃、同じ夕張市民会館の別会場では、
大沢たかお主演の感動巨編「子ぎつねヘレン」の上映会があり、
しかも大沢さんの舞台挨拶もあるということで、会館前は長蛇の列。
集客に不安もある中、かなりの人数がトークにも集まり、ほっと一息。
映画「壁男」には、風の色・佐々木ひさしが制作スタッフとして参加、
代表・山野久治、若頭・宮嶋総士、そして番頭の私も出演しており、
風の色総出の作品なのである。

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さて、「HFA 北海道映像産業振興連盟」は、
昨年春、北海道に正しい映像産業と人材を育成し、
国内はおろか全世界から映像作品を北海道に誘致すべく、
官民の枠組みを超えて組織された、
今はまだ、産声を上げたばかりの団体だ。
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現状、道内のテレビ局、フィルムコミッション、制作プロダクション、
ポストプロダクション、プロデューサー、コーディネイター等に加え、
個人会員、サポート会員が参加している。
毎月行われる『サポート会員講習会」では、
実際の映像づくりの現場に携わる、
さまざまなパートのプロフェッショナルである正会員や、
時に外部からの講師を招き、
映像業界に参入したい、年齢性別を超えたサポート会員に対し、
より具体的な講習、時には現場を体験するチャンスを与えている。
すでにサポート会員の監督、脚本、撮影をプロたちがフォローして、
ショートフィルムの作成の実績もある。
今回この映画祭のブースも、同会の理事ばかりでなく、
サポート会員も参加して運営された。


実は、ウチの山野は、この会の言い出しっぺのひとりなのだ。

HFA2.jpg

ばりばり、夕張。

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旭川のCMロケを無事終了した2月25日土曜日、
闘いを終えたかつての恩師や同僚を、夕刻、旭川空港でお見送り。
仕事を終えた充足感と少し切ない「旅の終わり」感がする、
なかなかスキなロケコーディネイトのラストシーンです。

そして、僕と山野、ひさしは、そのまま一路、夕張へ。

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今夕張では、「国際ファンタスティック映画祭」が開催されおり、
風の色の代表、山野が会長代行を務めている、
「HFA 北海道映像産業振興連盟」がブースを出展しているのです。
すでに数日前から夕張を訪れている仲間たちと合流、
炭坑閉山後、元気を失いかけていた町に、
新たな活性をもたらしたことのひとつが、この夕張映画祭。
世界中から映像関係者が集まり、このときばかりは、
どこのホテル、飲食店も満杯になります。
前日には日本中のフィルムコミッションの会合があったことも災いして?
突然僕らは、そうした人たちの渦に巻き込まれます。

会期中だけ事務局が運営、オープンしている、
文字通り「ビニールハウス」の中でいつ果てるともない、
映画談義、そして酒、酒、酒…。
痛い風は、否応なく僕を打ちのめすことでしょう。

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撮影終了。

YAMAHA発動機「青い除雪機」20060307094539.jpg

独酌 三四郎の夜。


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旭川ロケ4日目の夜、
全スタッフとの夕食後、またしても誰とも合流せずに、
お気に入りのシブイ飲み屋ののれんをくぐった。

昭和21年創業というから、今年還暦を迎える店だ。
http://www11.ocn.ne.jp/~dk-sansi/
創業以来使い続けている大きなかまどが異彩を放つ、
古びた時間を感じさせる店内。
黙っているとおっかなそうだけれど、
実はなかなかに話好きな二代目店主。
ちゃきちゃきと気っぷの良い、日本酒通の女将。
カウンターと小上がり、二階にも座敷がある。

でもここでは、店名にある「独酌」が似合う、
カウンター席がお勧めだ。 

その時カウンターには、僕と、
それぞれ一人で来ている中年の男女の3名がいた。
左端に私、中央に女性、入口横の右端に男性という構図だった。
客3人とお店の3人がなんとなく相互乗り入れで会話をしており、
お女将の妹さんである仲居さんと僕の誕生日が一緒だったりで、
小さな盛り上がりを見せていたときだ。
入口の扉が開いて大柄な男性が入って来た。
それを見て女性が激しく反応した。
「あらやだ、●●だ! ちょっとあんた、なんでこんなところにいるのよ」
その人は誰もが知っている芸能人で、僕もすぐに彼だと分かった。
世に出て来たときは警官ネタが得意な一人コメディアン。
その後、ソウルを本格的に唄うシンガーに転身して世間を騒がせたが、
最近は役者としていい味出している。

「僕、○○さんにこちらを紹介されてきました!」
「ええ、ええ、聞いてますよ」と女将。
最近はともかく、初期からシンガーの頃にかけての印象に反して、
極めて折り目正しく、腰が低く常識的な好印象だった。
非常識なのはカウンターの女子。
近隣の都市でのライブか何かを終えてやってきたという●●さんは、
誰がどう考えても、一人静かな憩いの時間を求めて、
誰かにこの店を紹介してもらって訪れた訳だ。
「独酌」ってくらいだから、この店はどんぴしゃなのですよ。
僕ら3人もそれぞれ独りでカウンターに止まっていたぐらいですから。
そんな想像力のかけらも持ち合わせていないらしい彼女は、
矢継ぎ早に、しかもデリカシーのかけらもない馴れ馴れしい言葉と態度で、
ずかずかと土足の攻撃を開始したのでした。
あくまで“柳に風”の大人の対応をしていた●●さんですが、
笑顔で冗談めかしつつも、
「いやあ、まいったなあアサヒカワ。あなたみたいな人がいるとは」
と本音もちらとのぞかせていました。
「ホントに来てよかった! 素敵なお店でした。ありがとうございました」
滞在時間、およそ15分。
潔い風のような素早さで、
僕の中の好感度をめちゃめちゃアップして、
厳寒の夜の通りに戻って行きました。

それにしてもあの女!

私の師匠。

ogawa1.jpg

14年前に北海道に移り住んで来てから、
僕には何人かの師匠ができた。
それは主に北海道を楽しく、
かつお金をかけずに遊ぶ達人たちだ。
春には山菜採りの師匠。
夏にはウニ密猟(内緒ですよ)の師匠。
秋にはキノコ採りの師匠。
冬には…、という具合に。
東京ではお金をかけて遊ぶと贅沢な気がしていたのだけれど、
たとえば平日の朝、少し早起きして、
小樽の森に分け入ってアイヌネギを収穫してから札幌に出勤、
なんてことが出来てしまうと、
俺は何て豊かに暮らしているのだろう、
と思わずにはいられない。

旭川ロケの2日目、
小樽⇒旭川⇒札幌⇒網走⇒旭川と、
転勤マンの小樽人の師匠がいることを思い出して連絡した。
こちらもロケ中だし会えるとは思っていなかったのだけれど、
ちょうど全スタッフとの夕食が終わったタイミングで師匠夫人から電話があり、
午後9時半、街中での数年ぶりの再会となった。


僕は彼を博士と呼んでいる。
キノコ、山菜にめっぽう詳しい男なのだ。
収穫だけでなく、料理も得意な男で、
獲物は必ずや口にしないと気が済まない。
知らないキノコに遭遇し、モノの本をひもとき、
どうやら所謂毒キノコらしい、という場合でも、
本当に毒があるのかどうか食べてみるという豪傑でもある。
その時は大当たりで、
「3日間動けませんでした」
だったそうな。

クルマで街に繰り出し、大酒を飲んでしまったので、
暖をとるためにエンジンをつけたままクルマの中で眠りこけた冬の夜、
無意識のうちに足をアクセルに載せてしまいオーバーヒート!
とうとう出火、それでも気づかず、朝通りがかりの人に、
「クルマが燃えているぞ」
と叩き起こされたおかげで九死に一生したもののクルマは全焼、
そんな武勇伝がいくつもある。

彼の師匠、私からすれば師匠の師匠である、彼の母上には、
僕が2000年に仲間とふたりで創刊し、あえなく二号で休刊した、
「北海道発。おもしろ不思議探求マガジン/ヌプカ」
の山菜採り特集にご登場いただいた。


厚岸の牡蠣を様々な調理で食わせる居酒屋のあと、
旭川では珍しい本格的ワインバーを発見、
しばし旧交を温めた。
美男美女のご夫婦でしょ。

固まらない雪ダルマ。

yukidaruma.jpg

北海道の雪はさらさら過ぎて、
雪合戦はむずかしいんです。
雪が固まらないのですね。
雪だるまも同様。

除雪機のスチール商品撮影で、
「隣に雪ダルマ」のリクエストがありました。
今朝はさらさらだからというよりも、
この時季としては異例の暖かさで雪がザラメ状になってしまったのです。
頭を悩ませながら、
小さく小さく固めて、水をかけてはまた雪をすりこんで、
手塩にかけて育てます。

今朝の共演者です。

カニ玉の夜。

 kanintama3.jpg

旭川に来ています。
しばらくモノ書き仕事に専念していたので、
久々のロケ現場であります。
ヤマハ発動機さんの除雪機の撮影です。
この冬の大雪で除雪機は大活躍しています。
21日はスチール写真の撮影と、TVーCMの下準備。

今回の仕事は、僕の東京広告屋時代と深い関わりがあります。
風の色に今件を発注してくれたのは、
僕が在籍していた広告代理店の兄弟会社の制作プロダクション。
別の会社ではありますが、
いわば、限りなく「同じ釜の飯」の間柄なのです。
プロデューサーは、僕がCM現場デビューした際から、
イチから教えたもらった上司も同様だった人。
監督は22年前の「同期入社」で、
彼の結婚式で僕は司会を勤めたのでした。
なんだか感無量です。

夕食は和食の名店「清本」。
ここのナメタガレイやホッケはすごいですよ。
とにかくでかい!
しかも味は大味どころか極めて繊細。
そしてもうひとつ。
カニ玉がすごいのです。
でかい、うまい。
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総合プロデューサーにお許しをいただいて、
カニ玉とのご対面をパチリ。

小樽雪あかりの路1

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第八回を迎えた「小樽雪あかりの路」。
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雪にうずもれた街に、
ひっそりともされた灯りを、
その灯りが浮かび上がらせた路を、
ただただ歩いてめぐるのです。
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ときどき出現する「ゆげのおもてなし」に、
ほっと、ため息をついてぬくもり、
ふたたび歩き続けます。
akari2.jpg

このイベントは、
町並みそのものがお楽しみの核心です。

第八回 小樽雪あかりの路は、
本日最終日。

まだ、間に合います。

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akari4.jpg

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映画「壁男」に出演してきた。



風の色のひさしが制作スタッフとして参加、
連日不眠不休で撮影が続けられていた、
札幌の映画監督、早川 渉さんの映画「壁男」
(諸星 大二郎 原作)が昨日クランクアップを迎えた。
“人の死なないホラー映画”
“怖くて哀しい恋愛映画”
を謳い文句に、
存在の真偽すら分からない、
『壁の中に住んでいる男」をめぐる愛の物語。

札幌発信の映画製作に、正規スタッフ以外のたくさんの力が結集、
早川組を盛り立てます。

僕が出演したのは、
劇中のテレビワイドショー番組
「徹底討論・壁男は科学か哲学か? 
 嶋田・吾妻のフェミニズム大抗争勃発!」
のコメンテイター・吾妻役。
番組司会者は “アーシストボイス 風の色” の仲間、
岸 健介と高橋 ともみ。
壁男評論家の佐々木役、読売広告社の津田さんが、
いい味だしてたなあ。

プロデューサーは、われらが波多野 ゆかり。
助監督は、われらが一億人の兄貴、川瀬 順也。

われわれの出番、果たして編集後にどのくらい生き残るやら。
今秋公開予定。
(写真は出演記念品のオリジナル手ぬぐい)
tenugui.jpg

“ JAL SKI 2006” 第五期サイトアップとバレンタイン。



昨年12月1日からスタートした、
“JAL SKI 2006” ホームページ内で、
私が企画・取材・執筆しているコーナー
「北海道を味わいつくす!」の内容が、
またまた更新されています。
更新はいよいよこれが最終で、
バックナンバーを含め、
3月末まで全12軒が出そろった状態で掲載が続きます。
ぜひ、ぜひ、以下からアクセスしてください。
また、できれば、
道内の方はもちろん、
南は九州沖縄の方に至るまで、
ともかくページを出力して握りしめ、
わしわしとお店に押し寄せてください!

http://www.jal.co.jp/jalski/


ところで、上記のページは一昨日13日に更新されていました。
つまりこのお知らせは、2日遅れになってしまいました。
原稿の納品後は、更新がいつされるかはJALさん任せなので、
私も最終更新は「2月中旬」としか把握してませんでしたが、
当初、毎日毎日アクセスしてチェックしていた僕が、
二日も気づかなかったのは、
おそらく、
バレンタインデイのせい、
です。

小学生くらいの頃から、
バレンタインが近づくと異様に自意識過剰状態に陥ってしまう僕は、
玄関から外に出ると、曲がり角に女子が待ち伏せしているのではないか、
駅の改札で衝撃の告白を受けるのではないか、
学校の下駄箱にチョコがそっと置かれているのではないか、
と真剣に胸が息苦しくなるのです。
でも、思春期の異性への憧憬をまったく意に介さない、いや、
というよりも、犯罪を取り締まるかのような姿勢を示す当局(学校)は、
わざわざ「その日」の朝、抜き打ちの持ち物検査をしたりするんですね。
だから僕は、あ、こんな卑劣なことが平然と行われる訳だから、
いまだ誰かの思いは自分のところまで届くことができないんだ、
と密かに合点しながら、
何事も起きない、見た目おだやかな一日を過ごしつつ、
放課後、そして家路までも引き続き緊張感を持ち続けるのでした。

以降数十年。
あの頃ほどではないにせよ、
いまだ僕は「その日」前後は静かな緊張感に支配されるのでした。


2006年2月14日。
義理を感じるどころか、
女子と口をきく機会すらない、
不健康な一日でありました。

雪まつりと崩落事故。


今年も、札幌雪まつりが終わった。

一昨年は、雪まつりと同時開催の「すすきの氷の祭典」に、
風の色の企画による氷像を出展したのだが、
(※ http://www.kazenoiro.co.jp/
 内の「TOPICS/バックナンバー5参照。
 観光客の人気投票で堂々第二位に輝いたのです!)
昨年・今年はついぞ足も運べなかった。


1996年2月10日、
18人の乗客を乗せた小樽行きのバスと、
(そのうち何人かは札幌雪まつりを目指していた)
1台の乗用車が海沿いのトンネルの崩落事故に巻き込まれた。
発破による巨大岩石の除去など、必死の救命作業もむなしく、
約一週間後、20名が遺体で収容された。


その「豊浜トンネル崩落事故」から10年。

豊浜トンネルとは、
札幌から西へ、小樽を抜け、余市を通り過ぎ、
積丹(しゃこたん)半島という、
道内で唯一の海中公園に指定された日本海の美しい海辺にある。

シャコタンブルーと表現される、めくるめく蒼い海。
海岸線は「ローソク岩」や「神威岩」など奇岩奇石に彩られ、
夏の海はウニの宝庫、
シーカヤックにダイビング、海釣りに渓流釣り、
冬場ならマグロが近海を回遊、だから夏のみならず冬も寿司は最高。
オオワシ、オジロワシ、トド、クジラ、アザラシのウオッチングも楽しめる。
ほんの3年前までは、積丹岳山頂にヘリで登ってダウンヒルスキー!
なんてシャレたことだってできた。

「北の国から」の倉本 聰さんも、東京を離れ、札幌にしばらく住んだ後、
もっと厳しい自然のもとへ、と、
積丹か富良野かを迷った挙げ句、富良野に終の住処を定めたという。
もしその時の選択が積丹であったなら、
「北の国」はまた全然違う物語になっていたのだろう。

なにしろ、積丹はそのくらい素敵な場所なのだ。
イノシシ年の獅子座生まれ、
猪突猛進そのままに、衝撃的、発作的に、
何の縁もゆかりもない小樽に移り住んだ横浜人の私にも、
ほんの一瞬、おそらく30秒くらい、
移住をためらうユラメキの時間があったと思う。
でも、その時脳裏をよぎったのは、
積丹半島の海沿いの道をバイクで飛ばしている自分の姿であり、
この究極の絶景を一時間圏内に生活できるという、当時の僕には、
にわかに現実とは信じがたい現実を手に入れられる悦楽だった。

そのシャコタンロードで悲劇が起こった。
もう小樽市民になって4年ほど経過していたので、
被害者に直接の知り合いこそいなかったが、
知人には、被害に会われた方の関係者もいた。

当たり前のことだし、
少々幼稚な言い方になってしまうけれど、
「美しい自然」は「厳しい自然」と表裏一体だ。
海が見渡せ、山が迫る丘の上、
一目惚れして住み始めた現在の住処には、
年に数回は、
家屋倒壊の危機感を煽られるほどの突風が吹きつける。
足腰が立たぬほどの筋肉痛や腱鞘炎を招くほどの雪かきを強いられる。

当初は思っていた。
東京横浜あたりからやって来て、
上っ面だけの自然を礼賛して住み着いた奴とだけは思われたくない。
海がきれいですね。雪は素敵ですね。
ふん。
脳天気にはしゃいでいるだけで生活が出来る訳がないだろ。
冬の厳しさも知らないで、都会もんが何言ってやがる。
そう陰口をたたかれるのは口惜しい。
僕が瞬間的に移住を宣言してしまった理由のひとつには、
売り言葉に買い言葉のように、
「じゃ、ひとつ、冬を立派に暮らしてみせましょう」と、
と粋がってみせた部分がまったくない、とは言いきれない。

しかし、10年前のこの崩落事故は、あらためて僕に突きつけた。
山が海にまで迫る絶景にため息をつく贅沢は、
死と隣り合わせの生活を引き受けることで成立しているのだと。
美しい雪の国に暮らすことは、
雪で死ぬ可能性を承諾していることとイコールなのだと。


ただ、この豊浜トンネル崩落事故の原因には、
自然の猛威だけでは片付けられないものがあったように思う。
そして、結果、責任の所在がどこにあろうとも、
人為的なものが計り知れぬほどに関係者を傷つけたことは許しがたい事実だ。
事故の以前から、「兆候」のようにあった小さな崩落など、
そのことに適切に対処していたら、悲劇は未然に防げたかもしれない、
という永遠に消すことの出来ない遺族の思い。
当時のあるやりとりの映像を、昨日テレビで放映していた。
この事故とはまったく別の、何かの事故や事件の際に見たような、
似たような場面が映し出される。

焼香に訪れた「管轄の役所」の人間に、
せめて故人の霊前に詫びてやってくれと遺族の方。
それに対する役人の言葉。
「賠償はするけれども、謝罪のことばは言ってはならない、
 と上から固く言われてますので」


これは、人間の言葉ですか?

絶句。



ただ、その日、雪まつりを楽しもうとしただけの、
そのとき、そのバスに、たまたま居合わせてしまっただけの、
二十の、いのち。

心からご冥福をお祈り申し上げます。keiho2.jpg

警報です。


わが北海道小樽市のある後志(しりべし)北部地方に、
大雪警報、風雪注意報、波浪注意報、雪崩注意報発令中。
仕事(札幌)に行けるだろうか…。keihou.jpg

歩く、スキイ2。


前回の写真は、
わが家の目前からスタートできるように僕が作った、
「歩く、スキーコース」の海側の風景。

今朝は晴れていたのに、海の上が雲に覆われてどんより。
で上の写真は海側から山側を見たところ。
一番奥の方にわが家も見えている。

背の高い照明や交通標識の様子を見れば、
今年の雪量の凄まじさがお分かりいただけるか、と。yama3.jpg

歩く、スキイ。


小林政広監督の「歩く、人」は、
2001年カンヌ国際映画祭[ある視点]部門公式出品作で
(出演:緒形 拳 香川照之 林 泰文 大塚寧々 占部房子 石井佐代子)、
北海道は増毛町を舞台に撮影された僕の大好きな映画だ。
制作には、われらが波多野ゆかりさんも名を連ねている。

少し前に、こういうコピーがはやった。

「会う、贅沢」
「いつかは、クラウン」
「遺伝子、あります」
「顔は、ハダカ」
「恐竜は、三越」
「ここだけ、円安」
「肉眼カメラが、よい」
「じぶん、新発見」
「好きだから、あげる」
「不思議、大好き」

と、ひとくちに言っても、
書き連ねてみると登場した時代に幅があるので、
一時期の流行とは言えないなあ。
ともかく、
たった二つだけの言葉の関係は、文法的には様々だけど、
いずれにしてもその二語をつなぐ読点「、」は、
通常だったら必要ないのに「あえて」使っているところに、
共通点が観られる、ということだろう。
あえて「、」を使うと、なんとなく素っ気ない二つの言葉が、
お互いがお互いを少しだけ尊重し合い、
強調し合っているように感じられなくもない。
そのままつなげてみたら、きっと「広告コピー」などという、
ごたいそうな商品とは思えない、普通の言葉に見えるだろう、
という意味では、逆に「、」が、
視覚的に何やら意味ありげに写るのかもしれない。
つまり、耳から聞くコピーではなく、
いずれも、写真やイラストと同様に、
目で見て感じるコピーなのだろう。

でも、今日のテーマは、
広告コピーライティングでも、
大好きな映画「歩く、人」についてでもなかったこと、思い出した。

平成4年に横浜から小樽に移り住んでから、
ずーーーっと、やりたくて出来なかったことに、
クロスカントリースキーがあった。
最上を目指さなければ、すごく高価、ということでもないのだけれど、
「生活」とか「ささやかな贅沢」にまぎれて、
どうしても優先順位が上にやって来なかった。

でも、横浜からのバイクツーリングの途上に突然出逢って、
海と、山と、川と、
その風景の美しさだけで発作的に決めてしまった現在の住処にあって、
もっとも特権的に楽しめそうなのがクロカンスキーだったのだ。

長年の思いは、間違ってなかった。
言ってみれば、ただ、歩くだけなんだけど、
雪の風景に自分が溶け込んで風の中を歩く喜びは、
鮮烈、峻烈、爽快で、ああ、しあわせ。

通称、歩くスキー。
「歩く」と「スキー」は素っ気ないただの言葉です。
が、この喜びは、やはり「歩くスキー」ではなく、
断然、「歩く、スキー」なのです。
umi2.jpg

銭湯と札幌人。


先週、口惜しい思いが甦り,連鎖した。

僕はそば屋酒にも負けず、銭湯が好きで、
全国区の町田 忍さんのようにはいかないとしても、
北海道の銭湯のことを一冊にまとめられないか、
と思っていた。
そんなある日、北海道新聞から
「いらっしゃい北の銭湯」という本が発行された。
1998年の秋のことだ。
僕は地団駄を踏んだ。絶対イケルと思っていたから。
ただ,僕は銭湯そのもののガイドブックというよりも、
銭湯を紹介しながら,むしろ、
その周辺にある生活や人間の存在をすくい上げたかった。
いずれにせよ、自分などが思いつくことは必ず誰かがすでに考えている、
という当たり前のことを改めて肝に銘じた。
思い立ったら行動に移さなければ駄目なんだ、と。

その後、その思いは、僕の小樽のウチの四軒先に住んでいる、
やはり東京から来たサトーと二人で作った、
「ヌプカ」という雑誌で一部カタチにすることができた。
2000年のことだ。季刊誌として始めた「ヌプカ」は、
残念ながら諸般の事情により2つの季節しかみることができなかった。
一応,道内だけでなく、東京でも販売したのだけれど…。

道新から出た銭湯本の著者は、
札幌篠路高校の塚田 敏信先生で、
道内では銭湯博士のような存在である。
市場や町並みや、先生はたくさんテーマを持っておられる。
地団駄を踏んでしばらくしてから、僕は先生に連絡を取って、
当時僕が編集していた札幌の篠路・太平地区のコミュニティ新聞に、
札幌の中では昔の面影を多く残した篠路の町並みについて、
連載をお願いした。奥様の素敵な町並みのイラストを添えて。

その塚田先生からいただいた今年の年賀状に、
篠路高校で先生が企画した「図書館講座/図書館で知ろう」
の案内があったので、久しぶりに時候の挨拶以外の連絡をした。
「活字をめぐる冒険者たち」と銘打った3回にわたる第一シリーズは、
年内にすでに第1回を終わっていた。
僕がお邪魔したのは、先週1月27日(金)の第2回。
『札幌路地裏探訪』のタイトルで、
季刊「札幌人」発行人/札幌グラフコミュニケーションズ
代表取締役、荒井 宏明さんのお話を聴く趣向だった。
塚田先生が作ったご紹介には、
『心ある札幌人が待ち望んでいた
地域誌「札幌人」を2004年春から刊行。
これまで〈公園〉〈市電〉〈銭湯〉〈藻岩山〉〈自転車〉
〈古書店〉など、全角度から札幌人の文化にせまる。そしてついに…。』とあった。
口惜しい思い、
地団駄の二番目は「札幌人」である。

僕はまったく毛色が違う東京の2つのタウン誌を以前から敬愛していた。
熱狂的ファンといってもいい。
ひとつは、都市出版の「東京人」。
ひとつは、交通新聞社の「散歩の達人」。
これこそが僕の描いていた「街の本」のイメージなのだ。
実は「東京人」と良く似た「大阪人」というのもある。

相棒だったサトーが「ヌプカ」でやりたかったのは、
こよなく愛するナショナルジオグラフィックのようなネイチャー系、
つまり北海道の大自然を高らかに謳い上げるようなもの。
僕はどちらかというと、北海道の路地裏の生活感、
観光客が求めて来るような非日常と、日常の狭間…
みたいなところを取り上げたくて、
小樽の銭湯の大三角形とそこに住む職人さんのお話とか、
すすきのに唯一残された銭湯と、
そこに通う常連の寿司職人にスポットを当てたページ、
北海道の不思議な食べ物~「ざんぎ」「エスカロップ」
「豚丼」の秘密やら「ジンギスカン」のルーツやらを追いかけた。

その私が「ヌプカ」で果たせなかった夢の続きを、
漠然とイメージしていたのが「小樽人」という雑誌だったのだ!
ああ、口惜しい! 
でも、札幌人はもう八号も続いている。
それもたったひとりで、
取材・編集・撮影・デザインに営業と八面六臂の大活躍なのです。
大そうなことだし、情熱ある素敵な雑誌ですよ。


日にち変わって、昨日3日金曜日も篠路高校にお邪魔して来た。
同講座の第3回「街の本屋の再生をめざして」。
札幌は琴似の本屋さん、くすみ書房の久住 邦晴 社長のお話。
やっぱり凄い人はいるもんだ。
巨大資本の巨大本屋、全国展開のチェーン本屋の台頭に負けじと、
街の本屋がいかに知恵をしぼって活字離れを食い止め、
しかも多くの人を本に呼び戻しているのか。その成果とは!
痛快なまでの企画力だ。まいりました。

銭湯と札幌人。
ふたつの地団駄、敗北感に、
とりあえず帰宅して叫ぶのは、
鬼はー、外っ!sapporozin.jpg

海猫屋のマコトさんと写真家のシサさん。


北方舞踏派。大駱駝艦。万象館。小島一郎。キャバレー現代。
そして、ひげのマスター。
これだけでピンとくる人は,かなりの小樽通だ。
いや、作家の村松 友視 通というのだろうか。

明治39年建立。赤いレンガ造りの倉庫。3階建て。
今でこそ、味のある古い建物を再生した飲食店等々は、
全国的にたくさんあるけれど、
増山 誠 マスターの海猫屋は1976年の創業。
20年前に書かれた村松友視の小説「海猫屋の客」は、
言うまでもないが、増山マスターの海猫屋を舞台にしている。

昨晩、小樽運河プラザで開かれた、
「リレーシンポジウム 後志鰊街道」は、
後志エリアの日本海沿岸を鰊ロードとしてネットワーク、
広域20市町村の連携で観光をとらえようとする会合だった。

小樽そば屋「薮半」の店主にして、
小樽運河保存運動の闘士であり、
観光カリスマにも選出されている小川原 格さんが、
パネリストのひとりとして出席していたので、
札幌から舞い戻って僕も話を聞きにきていた。

その会場に、小川原さんと共に運河に関わった、
小樽でカメラマンと言えばこの人!!
である、志佐さんの姿を見つけて声をかけた。
「やるかい?」
志佐さんがグラスを掲げる仕草をして一緒に表に出た。
「マコトさんとこいってみようか」

海猫屋を尋ねるのは随分久しぶりだったし,
志佐さんと行くのは初めてだ。
よそから小樽にやってきた者にとって、
これはなかなかゾクゾクするような展開である。

かつて暗黒舞踏をプロデュースしたマコトさんの、
海猫屋はその舞台でもあった。
当時のメンバーで、最後まで小樽にとどまっていたのが、
舞踏家、小島 一郎さんだ。
「海猫屋の客」には、小島さんもマコトさんも登場する。
むろん、物語のモデルとしてであり、名前も違うけれど。

僕が小樽に移り住んできた14年前、
海猫屋とマコトさんに出逢った。
その後、海猫屋の人々のひとりである小島さんを知り,
小島さんの最後の舞台「貧童夜」に魅せられた。

小樽の現実と物語の世界、舞台上の白い肉体、運河の顛末。
時間がよどんでいる薮半の蔵。そして、魚藍館。

旅人から住む人になり、たくさんの小樽の人と出逢ったけれど、
今宵の登場人物たちは、
小樽の日常と非日常、生活と物語の境目をあいまいにする。
時間のうねりがひと筋縄ではないことを感じさせる。
小樽のある側面の顔役たち、
小樽の醍醐味の面々なのだ。
だから、僕は、ゾクゾクする。



出逢ってすぐの頃、
幸運にも小島さんとふたりで酒を飲む機会があり、
そのとき彼はこう言った。

「僕は故郷に帰るけど、
 かわりに星野さんがやって来た。
 小樽を頼むね」umineko1.jpg

壁男。


凄い雪です。
昨晩から今朝にかけて。
埋もれた小樽の自宅をあとに、大幅に遅れたJRで札幌に出ると、
今度は事務所が埋もれています。
雪をかかないと、シャッターを開けることも出来ないので、
しばし肉体労働です。

ああ、こんな日に限ってほかに誰もいないのです。

ボスは北海道テレビさんの「ビジットジャパン」という企画で、
今週月曜日の1月30日から2月10日金曜日まで、
番組としては結構長いロケに出かけています。
昨日は、朝、阿寒湖を出て今は網走だと夕方電話がありました。
最後は函館までめぐるロングラン。

TBS「ブラザー★ビート」の制作スタッフとして、
東京のプロダクションへの三ヶ月間の丁稚奉公から、
昨年暮れに帰って来たばかりのひさしは、
さっそく先月から、
今撮影中の、札幌の映画監督、早川 渉さんの映画「壁男」
(諸星 大二郎 原作)
の制作として参加しています。眠れない日々。
これが今月中旬まで。

プロデューサーの波多野 ゆかりさんや、
助監督の川瀬 順也さんは、
風の色としては仲間というか、おなじみのスタッフです。
若頭のそーしも、今日は早川組の手伝いに行っています。

そーしも、ボスも、私も、
「壁男」に出演します。
そーしは台本にきちんと名前の出ている役で、
先月末に撮影していたようです。
ボスはこれから、11日と13日、
私は17日の撮影予定です。

だから、私ひとり、雪の「壁」に向かって、
肉体労働を続けます。
肩が痛いkabe.jpg

kabe.jpg

JAL SKI 2006 第四期サイトアップと、薮半の品書き。


昨年12月1日からスタートした、
“JAL SKI 2006” ホームページ内で、
私が担当している企画コーナー
「北海道を味わいつくす!」の内容が、
先ほどまた更新されました。

今回登場するのは、
この度の一連の取材の中でも、
最も忘れられない出逢いのひとつになった札幌の木工作家、
国本 貴文さん(トゥレベルク工房)。
そして、
酒飲みの私ですら魅了された、
“アイスクリームバー” 「HOKKAIDO ミルク村」!

http://www.jal.co.jp/jalski/

から覗いてみてくださいな。


そうそう、そういえば、
次回(最終)の更新でも登場する小樽の蕎麦屋、
「薮半」の品書きが今日から新しくなるんだっけ。
それは、ただ新メニューが増えるという意味ではなく、
アップルコンピュータをこよなく愛する店主の小川原さんが、
みずから制作した一冊の壮大なお品書きという「読み物」が、
今日から一新されるということなのです。

もひとつ、そういえば、
明日、午後6時から小樽の運河プラザで開かれる、
「後志鰊街道リレーシンポジウム」
(後志に新たな広域観光ルートを!)に、
薮半店主の小川原さんがパネリストとして登場します。
彼は小樽観光の勇なのです。
僕はお邪魔する予定です(無料! 皆さんも!)が、
そうか、
8時くらいでシンポジウムが終わったなら、
その足で薮半へ行って新しい品書きを堪能、
こりゃいいぞ!

どなたか、私と、蕎麦屋酒しません?

じゅうにぶんのいち。

一月は要注意「月」だった。

三十歳までただ一度しかなかった入院経験。
それが昨年まで、
三年連続して一月に入院という不名誉が続いていた。
嫌がおうにも不安は募り、抜き足差し足。
年々早まっている気がしていた時間の流れが、
珍しくのろのろと感じられるときがあった。
間もなく一月は終わるので、マイナスのジンクスは破られたのだけど…。
いやいや、あと90分は用心しよう。

いちがつは、いき。
にがつは、にげ、
さんがつは、さる。

つまり、十二月までもったいつけていた時間が、
年が明けた途端に加速度を増すというのだろう。

あわてるべきなのか。ゆったりと構えるのか。

ある人が教えてくれた、開高健のことば。

悠々として、急げ。

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