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2006-04

今年のアイヌネギ。

アイヌネギ


北海道の春の幸福は、究極このアイヌネギに集約される。
なんという恵みだろう。神様に感謝である。

全国の山菜好きから珍重され、ギョウジャニンニクとも呼ばれるアイヌネギは、僕の生活圏でもけっこう採れる。また、毎年ゴールデンウィーク頃には、積丹半島の秘密のポイントまで少し遠出して、春の一日を満喫する。

採れたてのアイヌネギを現場でそのまま豪快にジンギスカンにぶち込む。屹立するような野生の香りに、こちらまで何か呼び覚まされたような感じがしてくる。残った獲物は持ち帰っておひたしにしたり、酢みそ和えにしたり、醤油漬けにしたり。天ぷらもいいし、ニラの変わりに餃子に仕込んでもいい。

戯れに自宅の片隅に植えたアイヌネギが、毎春勝手に芽を出すようになって3年になる。こうして毎年眺めてみると、フィールドでそれなりの大きさになったものがいかに年月を重ねたものかが分かる。ごっそり根こそぎ採取してしまうのがなぜいけないのかも実感として理解できる。

ところで、私の仲間であり、山菜採りの名人というよりはプロフェッショナルである「スーさんとホーさん」の驚愕の巨大アイヌネギを昨年風の色のホームページで販売したら存外の好評をいただいた。北海道ではスーパーでも「キトビロ」とかの名前で売っているのだけれど、あのちっちゃなちっちゃなアイヌネギもどきの値段を考えたら、あるいは昨今ネットで売られているものと比較したら、無茶苦茶胸を張ってしまい、「幻の」とか言いたくなる逸品だ。リーズナブルな価格、しかも凄い!

今年も「スーさん、ホーさん」にはお願い済みなので、風の色への入荷目処が立ったら、今年はこのブログでもご紹介するのでお楽しみに!!


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風の色的韓流事情。


近頃、仕事に恋に忙しく(笑)、日記の更新がおろそかになっていた。
4月21、22日と、風の色がコーディネイトした韓国映画の撮影があり、僕はメインスタッフからは外れていたのだけれど、22日土曜日の早朝、エキストラ出演の札幌在住の子役とお母さんを2組連れて現場に向かった。

写真をご覧になってもお分かりのように、関係車輛だけでも随分な数になる(画面の外にもまだ何台もある!)かなりの規模の撮影だ。発注元のサイダスは韓国最大手の映画会社で、年間の製作本数は30本を数える。ややこしいことになってはいけないので、撮影風景も写したけど、ここには当たり障りのない写真を掲出しておく。

前日は地元共和町、隣の岩内町では足りなくて、小樽市や札幌市からもエキストラをかき集め、大規模な雪原の葬列のシーンが撮影された。サイダスのオーダーで、われわれの仲間の美術さんはキリスト教式の棺桶を製作した。

22日は僕が引率した小学1年生の男の子と女の子が主役の有名女優さんと絡む白樺林の回想シーンで、最近韓流にはまりまくっているという女の子のお母さんは、「あの女優さん」と愛娘の「共演」に興奮気味だ。お陰で、出番が終了してひと足先に帰路についた僕らのワゴン車の車内は、往路とはうってかわってにぎやかになった。

我が子の韓流映画出演に気分も高揚した二人のお母さん。結婚14年目にして、ご主人が半年前から沖縄に単身赴任してしまった男の子のお母さんと、結婚8年目にして転勤がちなご主人と最大3ヶ月しか一緒に暮らしたことのないという女の子のお母さんは、似て非なる?それぞれの境遇に意気投合して、僕のクルマはさらに盛り上がりをみせる不思議なプライベートワゴンと化したのだった。

さいだす




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今朝の車窓。

札樽車聰1

横浜から東京への通勤は、乗車率100%超のすさまじいもので、大学時代から社会人生活へ、何年も続いた日課だった。

倉本 聰さんのエッセイで昔読んだのだけれど、都会の人間は飛ぶ鳥を眺めるとき、その背景にある空のことを忘れている。そんな内容だったっけ。でも、首都圏の満員電車からは、鳥や空はおろか、風景そのものが見えないのである。
札樽車窓2

同じ距離感でも、小樽から札幌となるとかなり違う。まず東京時代からは考えられないことだが、毎日必ず座ることができる。しばらくすると、進行方向左側に日本海が見えてくる。冬は白波にカモメが飛んだりすると演歌の世界だが、実は毎日海の色というのは違うのであって、今朝の海は春色そのものだった。

小樽の海は想像を超えて美しく、
水底のウニが見えるほどなのだ。
夏場、
思わず自ら密猟者となってしまう人が多いのもむべなるかな。
これがさらに西へ向かい、北海道唯一の海中公園に指定された積丹(しゃこたん)半島ともなれば、沖縄の人にも誇りたくなるような、人呼んでシャコタンブルーの海原が広がるのである。

札樽車窓3




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最初の花。

 福寿草


一週間の東京出張中もなんとか日記を更新しようとしていたのだが、なかなかうまくいかず、一緒に酒を飲んだ東京の友人からは「(ホシノの日記は)飲む話ばかりだし、同じ店の話が何回も続く。ブログを理解していない。ブログは作品ではない。だから何よ、という感じ」とかなり手厳しいことを言われた。

そんなこんなが相まって、当初は頑張って東京出張前までさかのぼって追いついてから、さらに近況、最新の状況に移行して書きまくろう、と思っていたのだが、すべて割愛することにした。


日ごとの会食、深酒に痛い風も思い切って吹き始め、このところ東京でも小樽に帰って来てからも朝まったく起きられなかった。正確には疲れ切って布団から起き上がれなかった。この2日間は帰宅はかなり遅かったものの、アルコールを口にすることもなく回復に努めていた。

今朝ようやく早起きして庭に出て、庭木の冬囲いを外してやった。
大雪の傷跡は思った以上に深く、枝垂れ櫻やレンギョウ、ツツジに紅葉など、囲っていたにもかかわらず、枝の損傷が激しかった。
クロッカス紫

毎春、喜びと希望を与えてくれるのは、雪の間から真っ先に花を咲かせる「福寿草」と「クロッカス」だ。思わず微笑みが溢れる。何しろ例年なら、春眠暁をナントやらをものともせず、春ほど早起きしてしまう身体に僕は改造されたのだ。

福寿草黄


この小さな幸福感は、長い冬のトンネルを耐えたればこそ、北国に暮らすまではまったく知らなかった心の揺れだ。


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理容のカナモト1。

kanamoto1.jpg


近頃小樽にも、早い安いの床屋さんが増えてきて、昔ながらのお店は苦境を強いられている。


かなもと2


ボクがかれこれ10年ほど通っているカナモトさんは、観光小樽では有名な寿司屋通りにある。まわりは寿司屋ばかりの通りの一角に、なぜか三軒も床屋があって、その近くに温泉の銭湯がある。ぼくが旅人なら(かつてそうだったけれど)寿司屋通りの楽しみ方は、床屋と銭湯だろう。というより、ときどき小旅行のように、この通りを満喫している。


かなもと




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くまげら簡易事務所。

簡易事務所


くまげらとちっこ食堂の夜が明けた4月6日朝、僕ら風の色の3人は、くまげらの二階座敷で目覚めた。

座敷に敷いてもらった布団をたたんでお膳を元に戻し、その上にコンピュータを開いて、昨日ヤマノが撮ってきた資料写真にコメントを付けて韓国にメールする。携帯電話とノートパソコンで「どこでも事務所」。恐ろしい時代になっちゃったもんだ。言い訳も言い逃れもできず、行方不明にもなれない、奥行きも色気もない時代だ。

ヤマノとひさしはそのまま美瑛方面へさらなる資料撮りに。
ボクは午後1時の新富良野プリンスホテルのアポイントメントの時間まで、韓国の映画会社のプロデューサーとメールのやりとり。この相手は大活況を呈している韓国映画界にあって、現在、年間30本もの作品を製作している韓国最大の映画会社サイダスである。

そうこうしているうち、ボクにも富良野・麓郷方面のリサーチをとの連絡がヤマノから入った。




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フラノ定番コース「ちっこ食堂」2

ちっこ品書き

鶏、鴨、鹿肉の「山賊鍋」に感動しつくしたはずなのに、
「ちっこ」に来て、まず馬刺を頼んだ。

ちっこ馬刺

悪いことに、直前にくまげらで山賊鍋を満喫したこの夜、一堂満腹だったはずなのに、ちっこ食堂では誰かが「さくら鍋」を頼んだ。
馬刺とセットのつもりだったのだろうか。今宵まだ戦うつもりなのか。残念なことに、じっくり腰を据えて飲んだ時特有の「最低野郎」モードに皆突入している。

ボクの脳裏に一瞬痛い風が吹いた。でも、それを口に出しては場がしらけてしまう。酒飲みの自己弁護も含め、そういう所だけは侠気を出してしまう私なので…。
「ちっこ食堂」そのものについては、今度ゆっくり書きたいと思う。

夜は更ける。ちっこおばちゃん




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フラノ定番コース「ちっこ食堂」1

ちっこ玄関


くまげら詣での定番コース。
遅くまでやっている「ちっこ食堂」へ。

ちっこ店内


「ちっこ食堂」にくる時にはたいがいかなり酔っぱらっている。
だから、「ちっこ」という不思議な店名の意味とか、多分何度も聞いているのだけれど、ちっこも覚えていない。
さらにひどいのは、まあ、その夜の締めにラーメンだけで終了することもなくはないのだが、たいていは、もうひと波乗ってしまうことだ。

ちっこひさし


ヒサシもやる気の顔をしている。



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フラノ午前零時。

ポスター1


四月六日に日付けが変わった頃、
山賊鍋でくまげらを締めて、
店主森本、風の色の三人は、ふらふらと深夜の街へさまよい出す。

富良野駅から間近のくまげらを出ると、人気の少ないメインストリートに北海道銀行が。ヤマノが森本さんを促している。銀行のウィンドーに件のホシノのポスターが掲出されている。足掛け三年、4シーズン目になる、この大キャンペーン及びホシノの出演を、森本さんは知らなかった。

「え? コレ、ホシノさんなの!」

フラノ午前零時。四人の酔っぱらいの笑い声が響く。

ポスター2




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今朝の書斎から。

夜明けの企画書かき、ふと手を休めて。

kesa.jpg

kesa2.jpg




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七味きんちゃく。

七味きんちゃく。


七味と山椒、箸を三種の神器として持ち歩いていることは先に書いたのですが、月に何度か必ずと言っていいほどバッグの中で栓が抜けて大変なことになるのだ。ようやく気に入った入れ物が見つかったのでここにご紹介します。
ちょっと幸せ。
長い日記が続いたので、今回は軽~く。



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水もしたたる…。

shinsui.jpg


二日酔いの頭を抱えて事務所に到着すると、何やら奥から水の音がする。
見るとトイレの水を流すレバーが戻り切っておらず、便器から水がしたたり落ちている! え!? これ夕べからずっと? 幸い流れ出しているのはきれいな水だったけど、ロケ関係の備品や書類を保管する事務所のバックヤードが完全に水没(足首くらいの水位)している。
デスクやコンピュータのある表側は、自分たちで床を張ったりしてレベルが一段高くなっているので助かった。二部屋の間にドアがあるものの、段差がなければ事務所側もやられていただろう。

ボスやヒサシたちは、今月中旬に撮影がある韓国映画(サイダスという韓国最大の映画会社の作品)のロケハンティングに出かけており、事務所は僕独り…。
ああ、ただでさえ、二日酔いと記憶を派手に失った自己嫌悪で足を引きずって歩いてきたのに。追い打ちをかけられた。   sigh …

昨晩ご相伴したのは、富良野で知り合った兵庫県尼崎市の I さん。
昨年6月、駅のそばにある、北の国からのスタッフからも観光客からも圧倒的な支持を受ける、超有名郷土料理店「くまげら」のカウンターで僕が独り飲んでいた時のこと。くまげらの看板メニューであり、僕のこれまでの人生で堂々第一位の鍋である「山賊鍋」を考案した店主森本さんと話している時、隣に座っていた一人旅の男が I さんだった。

いつしか3人で話始めていたのだが、しばらくして突然森本さんが「ちょっと出ようか」と僕らを誘う。連れて行かれた富良野市の体育館? では、森本さんも運営に参加しているビールパーティが開催されていた。そこは巨大なビアホールと化しており、それはそれは凄い熱気。富良野中の人がここに集まっているのかしらん、というほどに。

自分のクルマで海を渡ってきた I さんは、最初アルコールをセーブしていたんだけど、元々好きな人らしく、この時点で火がついた。くまげらに戻ってからは、さっきまで辞退していた日本酒を飲み始めた。そりゃそうでしょう。くまげらに遠くから訪れて、酒を飲まないのは愚かすぎる。くまげらの酒は、森本さんが日本中歩いて見つけ出した素晴らしい酒蔵と杜氏さんに直接話をつけ、特別に作らせているオリジナルである。しかも交流のある書家や画家に自分の命名した酒のラベルを書いてもらっていて、この名前やその書がまた素敵なのである。おっと、このままだと「くまげら」の話に脱線してしまう。今日はこのくらいに。明日くまげらに仕事で行くことが、これを書いているたった今、森本さんから電話があって決まったので、くまげら話は次の機会にということで、話を元に戻す。

その晩、僕たち二人はお座敷席のあるくまげらの二階に泊まった。
憧れ続け夢にまで見た山賊鍋と日本酒と人間森本。僕の北海道移住の動機には、間違いなく「こっちに住めばくまげらに近くなる」という項目が含まれていた。東京時代に倉本 聰さんの仕事の関連で初めてくまげらに出入りするようになって20数年、風の色の代表山野がなんと森本さんと仲良しで、突然くまげらとの距離が別の意味で縮まったことは、本当に本当に嬉しかった。

あ、やっぱりくまげらのこと書いてます? 

二階に泊めてもらうようになったのは、さらにここ数年のことなのに、I さんときたら、はじめてやって来て、いきなり泊まっちゃった! なんて幸運な男だ。

で、やっとホントに話は戻って、今回 I さんとはそれ以来の再会だったのだが、殊勝と言うか、けなげと言うか、4日間の北海道滞在中、彼は僕のこのブログや先日まで書いていたJALさんのホームページに登場する店を一網打尽にしたのである。「サフォーク大地」「アイスクリームバー」「喜香庵」…。
3日目にして最後の夜となった昨晩、僕らの行き先は彼のたっての希望で「おでんの一平」。カウンターで感動しきりの I さんに加え、右端に座っていた常連らしき女性が、明らかに10年以上も前に僕が書いた一平さんの記事について話しており、しかもそれがたいそう褒めてくださっているので、僕もなんとも上機嫌になってしまったのです。今もその記事を大切にとってあると言うんですよ! すかさず、店主谷木さんが「それ書いたのこいつだよ。へんな奴なんだ」と僕の方を促したのでありました。

そんなこんなで幸せが加速度を増す夜…。
2軒目は、店名の命名とロゴ制作、印刷物の一切と品書きなどを手がけた、老舗蔵元直営の日本酒と地鶏の店「七番蔵」。3軒目は、取材を受けないので書いたことはないけれど、天才と思ってる寿司職人まことさんの店…。でも、七番蔵の途中から、恥ずかしいことに、僕は記憶を失くしていた。支払いや、まことさんの寿司のことを思い出せない。ああ、sigh …

気がつくと僕は、最寄り駅に借りている駐車場の自分のクルマで眠っていた。ということは、すすきのを出て、地下鉄に乗って札幌駅、JRに乗り換えて小樽築港駅まで40分。チケットやカードを入れたり出したり、終点ふた駅前なのに乗り過ごしもせず、しっかりと降車し歩いて駐車場に向かい、鍵を開けてクルマに乗り込んだという訳か。その記憶がまったくないのだ。乗ったのがたとえ終電だったとしても、小樽築港駅には午前0時25分着。僕が目覚めたとき時計は午前2時半を回っていた。

痛い風の持ち主の癖に、脳みそから酒がしたたってきそうな不快感は、酔いというよりも激しい自己嫌悪によるものだろう。落ち込むのも無理はないでしょう?
威張ってもしょうがないけど…。
そして今朝、事務所のトイレからは水がしたたっており、幸せの結末はどうしてこう悲劇的なのでしょう。



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わたくし、北海道銀行の回し者です。

dougin2.jpg


先月末、映像制作会社・札幌テレビハウスの制作、カトさんから電話があった。
「ホシノさんの出世作がですね、またまたオンエアすることになりまして…」
オレはいつ出世したんだろ、と思いつつ、またアレが流れるんだ、とちょっとふふふ、と思っていたら、昨日早速、自分の顔がブラウン管から流れてきた。新聞を見れば同行の全面(15段)広告が掲載されており、その一角に、フリフリのブラウスに蝶ネクタイ、赤いベストに身を包み、髪型や眉毛もヘアメイクさんにもて遊ばれ、イヤリングまでさせられた僕の笑顔がありました。

北海道銀行の「ジャンボでマンボ篇」は、2003年9月の収録。以来、その年の10、11月、2004年の4、5月と10、11月、とすでに3シーズン放映されてきた(昨年はお休みだったけれど)。道内各局、朝から晩まで、テレビもラジオも圧倒的な露出量で、近所の小学生に指をさされるほどだった。同行に足を運べばポスターにもチラシにも僕がいるし、新聞(僕が見たのは北海道新聞だが)には7日と空けず、今日は経済面、明日は社会面、翌週はラテ面番組表横にズドーン、あるときはカラーで、またあるときはモノクロでいろんなサイズで登場するし、同行のホームページを開けばそこにも…。なんだか笑っちゃいます。
http://www.hokkaidobank.co.jp/campaign/sum_jumbo.html

テレビCMの最後の叫び「夢がついてくる~!」は僕自身の声ですが、全編通してのナレーションは風の色のボス、山野が担当しておりまして、つまり、風の色のシャチョー&センムの共演という訳なのであります。山野が先週改訂ナレーションの収録に出かけたのは聞いておりました。

実はこのキャンペーン、北海道銀行さんの営業成績に相当なパワーをもたらしたらしく、業績推移の曲線をぐっと右上がりにしたと新聞経済欄にも出ていました。それに気を良くしてその後もキャンペーンはリピートされているようです。なんせ、2003年末、弱小企業風の色の忘年会に、道銀さんの宣伝担当氏が3名もいらしてくださったほどなのです。

あれからよく言われます。
「ホシノさん、これからは悪いことできませんね」
これまでだってしてませんて。
とまれ、
心あるみなさん、ずぇひ、北海道銀行さんに定期を開設しましょう!

確約は出来ませんが、
夢がついてくる、かもよ。


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ひさびさナレーション。

鶴沼


ひさしぶりにCMナレーションの仕事でお声がかかった。

昨日、約束の時間10分前にスタジオに着くと、演出の席には早川 渉さんが! 先月クランクアップして、ボクも1シーンに出演させてもらった映画「壁男」(2月18日、26日の日記参照)の監督だ。
少し離れて座ったら、監督がこちらに来て言った。
「星野さんのシーン、ばっちり映ってるから」

この14日に東京での初号試写が決定。即、カンヌに送られる。
「壁男」には風の色のボス山野もソーシも出演しているし(二人はもともと役者だ)、何よりヒサシが制作として作品に関わっているので、13日から東京の取引先各社へのご挨拶かたがた4人で試写を観に行こうと、前日に決めたばかりだった。

昨日のクライアントは、歯舞漁業協同組合さん。
昨日からさっそく店頭に並んでいるという「昆布醤油」の新商品のテレビとラジオのCMである。テレビが10タイプ、ラジオが2タイプというから、随分と力の入った大きなキャンペーンだ。
ご一緒したのは、大好きなTPSの女優にして風の色の仲間でもある宮田圭子。同じく“アーシストボイス風の色”のメンバーで、HTBの夕方の情報番組でも活躍中の岸健介。

早川演出のこのCM、面白い!
ボクは3タイプ(テレビ2、ラジオ1)に声の出演。うち2つは人間ではなく、山羊と犬(のように唸る夫)という役どころ(笑)。犬の夫が宮田圭子だ(彼女は人間だけど)。アニメの山羊のセリフ「はぼまい昆布しょうゆは、ンメェー…」と、なぜか習字を書いている道産子なまりの漁師さん(らしき人/手元しか映っていない)の言い回しが妙に受けて、ボクもまんざらではない気分。

スタジオの外に出ると、冷たい中にもどこか春めいた風が吹いていてなんだか嬉しくなり、うちに帰って赤ワインを開けちゃった。
先日JALさんのホームページのボクのコーナーでも紹介した、わが小樽、北海道ワイン株式会社のフラッグシップ「鶴沼」のツバイゲルトレーベ。
ほどよい重厚感と渋みは、春のほろ苦さか。数日前、ようやくの雪解けで土の間から顔をのぞかせたふきのとうを思い出した。早々の山菜たちは独特の苦みを持っている。

そういえば昨日から4月じゃないか。
そうだ、ふきのとう。あとで、摘みに行こう。



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真夜中のタクシー。

三月三十一日、すすきの午前三時。
年度末のあれこれ、人の去就などあって、風の色のボスと二人で、風の色の来し方行く末を肴に、久しぶりにゆっくりと語り合った。

ふと思い出して、そんな時間にある人の携帯電話を鳴らした。

その人は、ボクが横浜から北海道に移り住んで来て、最初にじっくり仕事をしたグラフィックデザイナーである。正確には「だった」。彼と、以前にも書いたあるカメラマンとのチームで、なかなか良い仕事だってしたのだ。

ボクがこちらに来た14年前、当時たずさわった雑誌の入稿(印刷所に原稿を納める行程のこと)はまだ完全版下で、写植屋さんの出番もあった。徐々にデータ入稿に移行していく過程で、アナログに頼る職種は淘汰されていった。写植屋という職人は、その筆頭。コンピュータの普及で業界には「自称デザイナー」が蔓延、写植職人は出番を失い、美しき分業は壊れていった。

1ミリの間に正しく何本直線を引けるか、きちんと烏口を操れるか。
なんてことが、これも本来職人であるべきデザイナーの基本だった。でもそんなことは、今は機械(コンピュータ)が勝手にやってくれる。そいつを操れば、とりあえず「デザインらしき」は、ちょちょいのちょい。なのだ。でも、当たり前のことだけど、コンピュータはあくまで道具であって。デザインするのはデザイナーであり、その磨き上げられた美的センスにほかならない。ここに、大いなる誤解が生じた。

新天地北海道で、僭越ながら非力なデザイナーが先行して目に飛び込んできた中で、そのデザイナーは基本のしっかりした、信頼に足る人物であり、職人だった。アーティストというタイプではなかったけれど。しかし彼は、時代の波に上手に乗ることができなかった。コンピュータの導入もさることながら、現場仕事の大半を任せていた、たったひとりの従業員が多くの顧客を引き連れて去っていったタイミングも相まって、あれよあれよという間に廃業に追い込まれた。

その深夜、ボクは何年ぶりかに彼と再会した。
彼の運転で小樽まで帰った。普通友人のクルマなら助手席に乗るけれど、僕らは後部座席に座った。彼の現職がタクシードライバーだから。

札幌で酒を飲んで、終電に乗りそびれてタクシーで帰宅する時、たいていはボクはすぐに眠りこけてしまい、現地間際に運転手さんに起こされるのが常なのだが、昨日は違った。途中でボスが降車して、彼と二人きりになり、目的に到着してもなお、ボクらは話し続けた。客の少なかったこの晩、小樽までの「大口」を得たおかげで、彼はこのまま帰還できるという。
「助かったよ」
と七歳年上の元デザイナーが言った。

かつてバリバリと仕事を共にした仲間を呼び出して「乗る」ことに、ボクはかなり抵抗があった。でも深夜の店で風の色のボスは、
「それは違う。今彼はその仕事をプロとしてやっているんだから」
と言い、その言葉にボクも納得して携帯を鳴らしたのだった。

かつての仕事の話はあまりせずに、主にそれぞれの近況の話をした。いやな話は避けたつもりが、気がつくと、なかなか思うようにいかないそれぞれの人生の話になってしまう。唯一二人そろって盛り上がった話題は、さきのWBCの王さんはじめ日本選手の働きについてだった。

タクシーの後部座席で、夜がしらじらと明けてきた。
サッカーよりも野球が好きな昭和の人がここにもいた。

三月は、去る。


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