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2007-05

チンギスハン陵の朝。

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昨年は、モンゴル帝国誕生から数えて800周年だった。チンギスハンは、モンゴル民族の心のよりどころのような存在で、墓(遺体)があるとされているオルドスとは、墓を守るという意味があるという。仏教が主なる信仰のモンゴル人だが、近年はチンギスハンそのものを信仰の対象とする人々が増えているとか。

5月14日月曜日午前、チンギスハン陵を尋ねる。

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広大なチンギスハン陵の敷地。
青は彼らにとって最も神聖な色だ。
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オルドスのゆうべ。

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5月13日の日曜日は濃い1日だった。

朝一番で内モンゴルテレビ局のドキュメンタリー制作の精鋭と会談。

昼食は、ボクらを内モンゴルの草原とフフホトに導いた、詩人であり、学者であるバヨード・フホムチル氏との再会。

ここでビールのみならず、真っ昼間から彼らの愛する白酎(バイヂュ)をしこたま飲まされて撃沈。けれど、バト君の叔父貴の運転するクルマは、ボクが気を失っている間に大移動! 5時間の旅を越えて、ヂンギスカンの聖地であり、バト君たちの故郷オルドスに到着。ヂンギスカン稜からほど近いゲルの中で、バト君のご両親を始め、親戚友人一同からの熱烈歓迎を受ける。

日本から来た「バトの友人」を迎え、もてなす。
彼らはそうしたハレを民族の衣装で表現します。

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その熱さ、暖かさに激しく打たれつつも、昼間のバイヂュが効きすぎて、すでに使い物にならなくなっているわたくしでした。


写真1枚目/左手前からバト君の父上、母上、バト君、兄上。

写真2枚目/バト君の兄上夫妻に、オルドスの銀行支店長である兄上の親友から、杯の献上。

写真3枚目/聖なる布をかかげ、佳き日に祈りを捧げながら杯を交わす。

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チベット料理屋さん。

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一瞬さかのぼりますが、12日土曜日の深夜に到着した内モンゴルのフフホトで、ホテルチェックイン後、午前1時頃から連れて行ってもらったチベット料理屋にて。
昨15日の火曜日、ボクらは市内にあるチベットの寺院を訪れることになるが、内モンゴルとチベット仏教の関わりは深い。

この酒は不思議な味だった。
日本の甘酒の甘さを抑えて、酸味をもの凄く強くしたような…。
モンゴル人や中国人らが日常的に飲む「白酎(バイジュ)」と違って、度数はワイン程度(白酎は40~5,60度はざら!)。おだやかで、染み入るような味わい。
これから続くと予想される闘いのような夜ごとの宴を前にして、まずは静かな導入でありました。

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今回の出張の水先案内人、ドブシンバト君のお兄さんトモンバトさんと奥様。
お兄さんは内モンゴルテレビ局のドキュメンタリー制作室の制作主任。奥様は同局のアナウンサーである。暖かく迎えてくれたお二人。

お兄さんは静かな人の印象だけど、元アナウンサーで、実は底抜けに面白い人らしい。まだ、逢って2時間だからな…。

内モンゴルテレビ局訪問。

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内モンゴルの首府フフホト到着の翌朝、早速ボクらはホテルのはす向かいにそびえ立つ内モンゴルテレビ局の局舍を訪れた。

我らが水先案内人バト君のお兄さんは内モンゴルテレビ局のドキュメンタリー番組の制作室に勤務しており、昨年9月の訪問時の副局長ほかとの面談に続き、2度目の訪問となる。

内モンゴルは中国の自治区であるので、内モンゴルテレビ局は中国の国営放送局である。ただし、近年、中国中央政府がモンゴルの伝統文化を保護する方向性にあるのと、この5月21日が内モンゴル自治区誕生60周年というアニバーサリーにあたること、さらに来年の北京オリンピックを控えていることなどを踏まえ、以前のような民族的政治的圧力は一気に弱まり、同局はかなり自由な気風の中で、失われつつあるモンゴル民族の文化を記録し、留め、さらに広く世界に広めるために番組制作に励んでいる。

彼らの制作室には、ドキュメンタリーの分野では世界的な賞の数々受賞歴のある実力派のディレクター、プロデューサーがいて、ボクらは彼らと1時間半以上にわたり、干ばつにうめく大草原のこと、モンゴルの森林作りに奔走した日本人学者のこと、彼らが熱く取り組んでいるモンゴル文化伝承の映像制作のこと、ボクらが構想している、そうしたモンゴルの自然を思い、日本と内モンゴル、北海道とフフホトが様々な文化交流を展開する糸口とするための旅の企画の話などをバト君の通訳を介して語り合った。

ボクらの会談は未来へのささやかな期待感を芽ぐませるものだった。
写真は彼らの制作室にて、制作スタッフと共に。

内モンゴルへの道。

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5月12日午後5時40分、
4月から開通した新千歳空港からの直行便は北京に到着。フライト時間は4時間40分。これで3年連続訪れたことになるが、空港周辺はずーっと工事している。明らかに北京オリンピックのためのお化粧なのだが、進んでいるのかいないのかよくわからない。

ただし、街へ出ると、これから向かう内モンゴルの首府フフホトも同様だけど、もの凄い勢いで旧市街の「美しくない」街並を再開発している。本当はその辺りが、ボクにしてみれば心引かれる下町風情なのだが…。

1年目に出逢った、とある素敵な金物屋(ヘンなステンレスポットと真鍮らしき薬缶を買った)とその隣の食堂(その滞在中に案内人に連れられたどの高級レストランよりも馬鹿みたいに安く、うまかった!)を再訪問するのを楽しみにしていた2年目、その店はなかった。それどころか、その二件を含む街並そのものが消失していた。近隣にある、観光スポットでもある寺院に続く参道もろとも、巨大壮大な「美しい」広場に変貌していたからだ。あの人たちはどこへ行っちゃったんだろう。

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成田からは、今回の旅の心強い相棒、東京在住、内モンゴル出身のドブシンバト君がやってきた。成田空港14時55発、北京到着がボクらと10分違いの17時30着の予定が大幅に遅延。すれ違いの不安もあり、ボクは右往左往してしまったが、ようやくバト君に逢えたのはもう19時を回った頃だった。

乗り継ぎが悪く、フフホトへの国内線は22時10分発。
仕方なくボクらは空港内のレストランで最初のご飯を食べた。空港の食べ物屋さんて、どうしてこう、高くて…なんだろう。でも、「本場」で中華を食べたので、何となくカラダが旅仕様になってくる。

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フフホト着午後11時10分。
長い旅だった。
空港にはバト君のお兄さんとその奥様、そして彼らの伯父さんが迎えにきてくれていた。実はお兄さんも伯父さんもバトさんである。日本で言えば、夏彦氏の子供に春彦や秋彦と名付けるように、ドブシンバト君のお兄さんはトモンバトさんであり、おじさんも◯◯バトさんで、3人ともバトさんである。

たいてい呼び名も「バト」なので、モンゴル中にバトさんが溢れている。苗字は?と尋ねると、あるけど基本的に表記しないそうで、ドブシンやトモンを苗字と思っている日本人の知り合いが多いらしい。
 
兄のバトさん(今後はお兄さん)の計らいで、去年できたばかり、現在フフホトで一番背の高い建物である内蒙古国際大酒店というホテルにチェックイン。これまでの2回と違い、シャワーのお湯がちゃんと出るどころか、トイレットや流しとガラス張りの扉で仕切られたおしゃれな作りに感動。スタンダードツインをシングルユースで、室内のあまりにもの広さにびっくり。壁際にガラスと木のおしゃれなデスクがあり、ネット環境もLANケーブルをつなぐのみ! これでいくつものプロジェクトを投げ出して出獄(出国)して顰蹙者のボクもとりあえずメールがつながるので言い訳が立つ。

テレビは壁に額縁風にしつらえられた液晶タイプでこれまた昨年までとの違いにびっくり。このホテルをボクらは50%offで泊まっちゃうのダ!

気づいたら、旅の第1日目はすでに2日目に突入していた。

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春のわいわいワイン。

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東京から舞い戻リ、16時の開始に遅刻しつつ飛び込んだのは、7月5日発売の雑誌「オトン」の企画会議。秋でもないのにワイン特集なのだ。会議テーブルの上にはワインのボトルが数本と紙コップがたくさん。こいつはテイスティングとやらをしながら会議しちゃうってことかい? 

GWのはざまなのに、それなりの人数が参加している。クルマの人もいるだろうけど、そんな理由とは関係なさそうな人の方がまったく多いのに、誰もあまり手を付けないのね。こっちは何しろ、平日(って言ってもGWのはざま)昼の至福、そばや酒をわずか20分で切り上げて飛行機に飛び乗ってこの打ち合わせに出席した訳で、なんか不完全燃焼。しかも東京の名残の半袖のまま、コートを着た北の人をかき分けるように小走りでこの場に乗り込んできたのあります。

気がつくとお気に入りのミュラートゥルガウのボトルを、独りで何度も何度も味気ない紙コップ手酌しちゃってるの!
なんだか気も大きくなっていて、発言もチョット過激だったかもしれない。でもさ、みんなも飲みなよ。せっかっくこんなにボトルが並んでいるんだから。GWはざまの昼下がりなんだから。いいじゃない。ねえ。

そうだ、今号の特集タイトル。
「春にワインで何が悪い/昼下がりの誘惑」
これでどうだ!

20分一本勝負!

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東京からの帰り、どうしてもそばが食べたくなった。

創業150年の老舗というヤツだが、ボクには新規開拓だった。
浅草橋のあさだ。以前から気になっていた。

最寄り駅を昼の11時59分に乗らなくてはならない。
それでも羽田はぎりぎりだ。開店は午前11時30分。
開店、口開けの客となったボクは、純米吟醸の酒を一杯、酒肴に鶏肝のもろみそ漬け、そしてせいろを一枚。こ、この酒、うまい。甘辛酸苦渋のすべてを兼ね備えたという口上に偽りなし! いや、そんなに堪能してはいけない。急ピッチに酒肴、酒、酒肴、酒、を繰り返し、たたみかけて運ばれてきたせいろをすすり込む、ほど近い並木の薮の日本一辛いつゆに比べると…イヤイヤ、そんな暇はない。1980円のお勘定を払いつつ、駅に足早に向かう20分一本勝負。
羽田到着1240、フライトは1300。
千歳到着1430、乗り継ぎJRが1504発、半袖のまま札幌1541着。

札幌の打ち合わせが、1600から、これは少々遅刻。
引き続き1830からもうひとつの会議が…

そば屋酒は長っ尻はいけない。
でも、かの開高健さんじゃないが、
「悠々として急げ」くらいには味わいたいものだ。

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