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2008-01

すしの色気。

まぐろ


食べ物の中で最も色っぽいのはすしだと思う。
女性のように艶かしい。
官能的ですらある。
何とかその部分を表現したいと雑誌企画を提案した。

握り


写真に頑張ってもらわなければならないのはもちろんだけど、
文章的にもけっこうきわどい表現なんかもしてしまおう、と思っていた。
けれども、名人の技を近くで拝見すればするほど、
その色っぽさは溺れてしまう悪女のそれではなく、
未練がなく、小気味よく、
すっきりと洗練されたものなのである。
この感じはいったいなんなのだろう。

コハダ


すし善嶋宮さんの言う通り、職人が客の前で握る行為は、すしをつくる作業全体のせいぜい1割、残りの9割はそれ以前の仕込みですでに終わっている。職人は新鮮なネタに何時間も、いや、半日、へたをしたら何日もかけて仕事をほどこして、
客人はそいつを、えい、やっ、とわずか一秒で口に放り込む。

この潔さ。

そうか、潔さなんだ。

穴子


粋(いき)という言葉を辞書で引くと、
身持ちや身なりがさっぱりと垢抜けしてして、
しかも色気を持っていること、とあった。

すしの色気とは、どうやらそのあたりにあるのではないか…。



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すし善嶋宮さんとそば寿司。

嶋宮そば


昨日、北海道に軸足を起きながら世界を股にかけ、日本のすしの心を世界に広めるすし業界の牽引役的職人、すし善の嶋宮勤さんの取材をさせていただいた。

午前中に対談。午後からのすし撮影突入を前に、嶋宮さんに昼飯に誘われた。
「ホシノさん、そば行こう。すしは高いからな!(笑)」
平均客単価2万5千円とも言われる、北海道でも最高級のすし屋のオーナーのジョークに撮影現場にいた配下の職人さん、カメラマンやデザイナーも大爆笑である。

すし善本店の目と鼻の先にあるそば屋東家さんへ。嶋宮さんは、こちらのかしわそばがお気に入りである。そば狂いの僕からすると、そのままそば屋酒になだれ込みたい誘惑にかられるが、意外にも嶋宮さんは酒を飲まない。

月に何度も足を運ぶそうなのだが、あたたかいそば一杯だけでは物足りない。かといって、そばをもう一杯では多すぎる。そこでひとりぼっちで食事をするのが嫌いな嶋宮さんは、必ずもう一人誘って、かしわそばを一杯ずつ、そしてそばずしを一人前だけ追加して二人でいただくのが決まりである。すし業界の巨匠とつまむ、そばずし。この「コース」には、以前も誘っていただいたことがある。

「やっぱりねえ、おれはすしっていう響きが好きなんだよなあ」


すしモード3

しもくら夜

1月16日付け「瀬戸國勝さんとの夜」に、瀬戸ご夫妻といただいたウニの握り。軍艦の上に溢れ出したように盛られた根室方面のウニに手が震えてご覧の通り。

さて、
 
会議


オトンのすし特集は、創刊号に続いて二回目となる。
あらゆる食べ物の中で、もっとも色気、艶っぽさを感じるのはすしではないか?
この巻頭特集を、雑誌冒頭の女性グラビアのようなイメージで始められないか?

い、色っぽい!
た、たべたい!

思わずふるいつきたくなるようなすしの写真とはどんな写真か?
そんなことを1月17日の第二回会議では頭悩ませた…



すしモード2/フォーラム「マイケルケンナが語る北海道の魅力」

安い夜


同じく1月10日の晩、北海道経済産業局が主催、さっぽろフィルムコミッションと風の色のボス山野が代表理事を務めるNPO法人・北海道映像産業振興連盟(HFA)が運営に当たったフォーラムが開催された。テーマは、世界を飛び回って活躍するランドスケープフォトグラファー、『マイケル・ケンナが語る北海道の魅力』(第四回ロケーション人材育成セミナー)。

コーディネイターは、ロケーションマネージャーの加藤 剛。
ツヨシはHFAメンバーであり、風の色のボスの別法人時代の部下にして現在はフリーランスの同業者。ボクにとっては、横濱から小樽に越して来た時からのご近所さんで、春は山菜、夏は海遊び(釣り、ウニとの戯れ)、秋はきのこ、冬はスキーと、金のかからない北海道のフィールド遊びの年下の師匠だ(花見の悦びだけはボクが教えたはずだけれど…)。

権威あるアメリカの某有名書店で10数週間に渡りベストセラーを続けたマイケルの写真集「HAKKAIDO」は、マイケルとツヨシの出逢いによって紡がれた。

北海道を熟知したロケマネージャーとしてのセンスは当然のこととして、北海道を心底愛していることこそが力であり、素晴らしさであるとマイケルに言わしめたツヨシが、出逢って15年以上の付き合いの中で、最も輝いて見えた夜だった。

その感慨を胸に街に繰り出したボクら同業者6名は、まずは中華で紹興酒を楽しんだのだけれど、オトンのすし特集の話から、とりあえず懐の痛まない、でも、回ってはいないすしを食べに行こうと言うことになったのであった(それは、この長い長い夜の、ほんの幕開けに過ぎなかったのだけれど…)。


すしモード1

仕事始め


ちょっとさかのぼるけれど、正月7日の仕事始めの日、わが風の色ではすしで年明けを乾杯した。事務所の右隣がお寿司屋さんである。歩いて2秒、歩数にして5歩、スープの冷めない距離ならぬ、ネタの乾かない距離だ。

昼酒はきくというが、事務所の昼酒となればなおさら。

ぱらぱらと客人が現れては消え、ちょいと乾杯、次第に腰を落ち着ける御仁も増えて来る。気が付けば、すっかり昼酒とは言えない空の色なのでした。

さて、

しもくら昼
 

ボクが関わらせてもらっている、札幌のおとなの男「おやぢ」の情報誌オトンの第七号(3月5日発売)はすしの特集で、1月10日は朝から出版元で企画会議だった。
 
そのメンバー(編集者、カメラマン、ライター、デザイナーほか)で昼ご飯は寿司店へ。出版社の社長様のおごりとはいえ、お昼なので遠慮気味にみんなでちらし寿司をいただく。これからの取材開始に向けた「すし決起集会」だ!



瀬戸國勝さんとの夜。

setohaku.jpg

 
今年も昨年同様、札幌の丸井今井デパートで開催されていた「瀬戸國勝漆器展」の最終日の夜に、瀬戸さんご夫妻とご一緒した。

毎年この日記に登場していただく瀬戸夫妻。
1988年の大晦日の夕方に、東京のボロアパート住まいをしていた横浜人のボクは、能登半島は輪島の瀬戸さんのお店でお二人と知り合った。そのまま「天才料理人坂本」の手打ちそばと銘酒をたしなむ会に呼ばれ、ひんしゅくを買いながら元旦にも押しかけてしまったボクが、瀬戸夫妻と偶然の再会を果たしたのは1996年、札幌丸井今井の「加賀老舗展」だった。1992年から、ボクは小樽人になっていた。

以来、毎年一度はご一緒するのが慣例になって来た。
昨年は、再会した年にご紹介して以来、お二人が猛烈に贔屓にしてくださっている「おでん 一平」さんでお逢いした直後に、あの能登の大地震が起きた。
お二人は旅先でわが町の被災を知った。
ボクも慌てて電話をしたけれど、通じなかった。

「あの地震で被害を受けなかった人はおらんよ」

日本中を個展でまわるご夫妻は、旅が続いていたので作品の在庫の多くを旅先に送っていたという。おかげで比較的「被害」は少なかったというが、それでも三方から倒れ込んだ棚の下で押しつぶされた作品に涙をのんだ。

昨晩は、狸小路市場にある「すし しもくら」にお連れして激賞をいただいた。

「札幌にも、こういう酒肴を楽しませてくれる、寿司屋さんがあるんやねえ」

ひと晩に二軒、三軒とめぐっていた時期もあったのだが、近年は一軒でお別れすることが多くなっていた。今年は、瀬戸さんが「しもくら」を出た直後に「なんか今宵はえらく楽しいのう」と大きく伸びをしたので、ボクはすぐそばにある、大好きな日本酒のバー「もろはく」に夫妻を連れて行った。

「“今夜の一杯”をいただいて帰ろう」

そう言っていた瀬戸さんは、結局、四杯の日本酒を心から楽しんでいた様子だった。

良かった。

瀬戸ご夫妻ほど舌の肥えた食いしん坊、まして、食べ物を盛る器を作っている、今や漆器の大作家である瀬戸さんを新しい店にお連れするにはやはり勇気がいる。むろん、お気に召さずとも、それをどうこういうようなお人柄ではないが、意に反して口先だけで賞賛する方でもない。

それが昨日は、二軒とも新しい店で、そのどちらも非常によろこんでいただいた。
もろはくのオーナーバーテンダー浜口さんもお勘定の際、こっそりボクに、
「今日はちょっと緊張しました」と告げてくれた。

けれども、飲みたい酒のイメージを伝えるだけで、当意即妙に次の一杯を提供する浜口さんの酒の味わいと、そのプロの仕事ぶりへの敬意がどんどん瀬戸さんをとらえたからこそ、一杯のはずの酒は四杯になったのだ。どちらの店も、その一途な仕事ぶりが、結果的にそこにお連れしたボクの顔をも立ててくれたことになる。それが素敵な店の力なのだと思う。

瀬戸さんと再会した1996年の暮れ、ボクは1988年の輪島で年越しそばを打った、坂本さんの営む料理の宿に足を運んだ。旅館「さかもと」は、輪島と同じ能登半島の珠洲市にある。そこでボクは天才のそばとも8年ぶりに再会した。それは、心が震えるようなそばだった。

昨晩、瀬戸さんが言った。
「ホシノさん、あんた、食のこと書くのが仕事なら、あらきそばに行かなくちゃいかんよ。ホントに、今すぐにでも行くべきだ。あかんよ、まだ行っとらんなんて」

「あらきそば」とは、天才坂本さんが心底惚れ込んで、頼み込み、住み込んで、押しかけ弟子になったという、山形県のそば屋である。近年、山形県の民家のそば集落が脚光を浴びたけれど、瀬戸さんは、あまりにも当たり前で普通すぎるように見える荒木さんのそばに潜む深淵さを、まだ間に合ううちに、とにかく目撃しておかなくてはいけないという。それは、食のみならず、あらゆる仕事に共通する普遍的な凄さだと。

明日は仕事のない日だから、と、「あしたのジョー」を読み返すたび、大間のマグロ漁師のドキュメントを見るたびに涙がとまらない瀬戸さんは、少年のようにはしゃいだ後にしごく真顔になって、何度も「あらきそば」の話を繰り返した。

瀬戸さんありがとう。
今年中に、天才のそばのふるさとを訪ねてみよう。




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