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2009-02

『おいしいマン』キム監督来日。

七番蔵

2月17日にソウルで朝4時半まで一緒に飲んでいたキム・ジョンジュン監督が、26日、札幌にやって来た。27日に夕張国際ファンタスティック映画祭で、風の色が関わり、キム監督が演出した韓国映画『おいしいマン』をめぐるシンポジウムに出席するためである。

日本酒好きの監督を歓迎するため、夕張郡栗山町の酒造メーカー小林酒造(本店)が直営する地酒の店『七番蔵』にお連れした。店名の命名にはじまり、5年前の創業から現在に至るまでのリーフレットや品書きなど印刷物に私が携わり、店名の書は私の母を起用したエピソードなどを監督に伝え、この夜はひとまず静かに文化的に幕を明けた。

七番2

この晩監督を迎えたのは、風の色一行4名、オホーツク紋別フィルムコミッション事務局長、昨年のロケに参加した照明マン、通訳(LA在住の監督ゆえ、この日は韓国語ではなく英語)に風の仲間Kazu、の計7名である。

成田からの新千歳空港便到着が遅かったため、宴のはじまりは22時、七番蔵をおいとました時にはすでに日付が変わっていた。

ソウルの晩同様、二軒目で歌が入ってから、アカデミックな雰囲気は一変した。午前2時閉店の店を3時過ぎまで占拠し、最後にはカラオケの電源も、さらには照明まで落とされる始末。申し訳ありませんでした。

ここで明日運転のある風の若者2名と照明マンが撤退。残った5名はさらに寿司、締めにラーメンと、自堕落な炭水化物の過大摂取にすっかり身を落とし、監督等のホテルにたどり着いたのは、ソウルのときよりもさらに朝に近い、午前5時半だった。



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箸休めに;韓国の赤。

韓国の赤1

ソウルを歩いていて見つけた、韓国の赤。

韓国の赤2

韓国の赤3

韓国の赤4

韓国の赤5

韓国の赤6

韓国の赤7

韓国の赤8




おくりびと



その先輩は、僕が東京を離れて16年以上、常に交流し続けてもらっていた、数少ない最も大切な人のひとりだ。4年前に父上を亡くされてから、母上のこころのご様子がかんばしくなく、それでなくてもハードな日常を過ごしている先輩は週末ごとに群馬に帰省しては、母上と向き合っておられた。

おととしの夏から、今度は、横須賀に残して来た僕の母が認知証を患い、鳴り物入りでその年の11月の終わりに小樽の施設に連れて来てからも、やれ転倒だ骨折だと、介護度は進む一方で心塞いでいる時、お互いの母親の容態を話したりしていた。

22日の日曜日、僕は小樽市内の母の施設を訪ねた。
一年半前には想像もできなかった母の姿。
ひとりっ子の僕のことすらもうほとんどわからないのだが、最近は食欲だけはあるらしい。
ただ、食事も歩行もお手洗いも、人の手を借りないとなにもできない。

今日、2月23日月曜日午後早く。
速報で、日本映画『おくりびと』がアカデミー賞の外国語映画部門賞を獲得したと知った。

それから数時間後、先輩から事務所に電話があった。
母上の訃報だった。

でもこれは報告で、この電話の本題ではないと、すぐ別の話題に切り替えた気丈な先輩が哀しかった。

先輩も昨日、群馬の病院の母上を見舞ったけれど、別段変わった様子はなかっという。
つい先日も、母上の看護についての相談を受けたばかりで、僕は言葉を失った。
後の話題が耳に入って来なかった。

夜、街角のテレビから、北海道最長寿111歳の方が老衰で亡くなったという報道が。


帰宅後のニュース番組では、どの局も『おくりびと』受賞の快挙を告げていた。その歓喜。

合掌。
そして、献杯。










おいしいマンで日韓交歓「紋別ナイト」2

紋別ナイト8

風の色のボス山野が、夕張映画祭のシンポジウムで使用する記録映像のために各関係者にインタビューしてまわる。 (写真は流氷砕氷船ガリンコ号の山井船長)


監督ら日韓のスタッフは約一年ぶりの再会。
この席に参加できなかった女優の池脇千鶴さんや、オホーツク紋別フィルムコミッションの織田さんに国際電話をかけて、代わる代わる電話口に出ながら、この宴の壮大な盛り上がりを自慢していた!

紋別ナイト12

厳しい現場で苦楽を共にした者にしか分からない濃密で幸福な時間が流れていた。


件のホタテの炊き込みご飯は、手巻きおにぎりとなって登場!

紋別ナイト9

映画『Oishiiman』の主演は、韓国の若手俳優の中でも人気急上昇のイ・ミンギさん。彼の遅ればせの登場で、会場はふたたび壮絶な熱気に包まれる。

ミンギ



午前1時を回って、沈没者が数名。
撮影現場で日本サイドの制作担当だった風の色小野も、今回のツアーの元締めである紋別FCの船木さんも例外ではない。

紋別ナイトもようやくお開き…と、思いきや、監督を筆頭に、韓国の映画スタッフはまだまだ元気だ。片付けも早々にカフェを後にしたものの、風の色のボス山野,番頭・星野、若頭・佐々木も彼らに引きずられるようにして…

紋別ナイト10

気がつけば、初めての韓国カラオケボックス。
果てることなく歌い踊り狂っている自分がおりました。

紋別ナイト11

ソウル、午前3時。
監督はまだ許してくれません。

さらにもう一軒を出たときには、
2月18日の午前4時半をまわっておりました。

午前7時には、帰国に向けホテル出発なのですが…




おいしいマンで日韓交歓「紋別ナイト」1

紋別ナイト1

映画『Oishiiman』を製作した、ソウルのSPONGE ENT.が経営するカフェバーが紋別ナイトの会場である。

ホタテ仕込み5

午後8時のスタートに向けて、ボスのホタテ炊き込みご飯の準備も佳境に突入していた。お店から借りた、初めての炊飯器なので、水加減に若干の不安も残る。

紋別ナイト2

揃いも揃ったホッカイドウの酒たち!
手分けして升(ます)もろとも北海道から持参したのである。

紋別ナイト5

小林酒造(栗山)、金滴酒造(新十津川)、北の誉、雪の花酒造(小樽)、國稀(増毛)、高砂酒造、男山酒造(旭川)、千歳鶴(札幌)、そしてボトルの中に流氷砕氷船ガリンコ号が浮かんでいる特注の焼酎。特別参加のゲストが蔵元のお身内ということで、宮城の酒一の蔵。そうそうたる顔ぶれだ。

この席の主催は SPONGE ENT. である。
その返礼としての酒やホタテご飯持ち込みなのだ。


キム・ジョンジュン監督の乾杯で宴が始まる。

作品に関わった日韓スタッフはじめ、紋別からのツアー参加者、炊き出しやエキストラで本州から撮影現場に参加した主演俳優イ・ミンギさんのファンの方々ら、両国それぞれ約20名、総勢40名程度のパーティである。

紋別ナイト6

キム監督が初めて手にする升の香りに魅せられたようで、監督の要望により、出席者一人一人の名前の寄せ書きとなった。



ソウルの乾燥ホタテ貝柱。

ホタテ仕込み2

特別試写会の打ち上げから戻ると、日付が変わっていた。
2月17日午前2時。同晩午後8時から行われる、映画『Oishiiman』の日韓スタッフの交歓会「紋別ナイト」に備えて、ボスは紋別の名産である乾燥ホタテの貝柱を水に戻し始めた。 先程の試写で、入場者に配られたのと同じホタテだ。

コンビニエンスストアで買い求めたミネラルウォーターの狭い飲み口から、一個一個たんねんにホタテを落とし込む。交歓会でホタテの炊き込みご飯を提供しようというのである。

こいつが終わらないと、まだ眠れないのだ。

91600.jpg

これが、
2月17日午前8時半のホタテ。

91602.jpg

続いて、
2月17日午後5時のホタテ。




おいしいマン 応援ツアー3

試写3

この嬉しそうな笑顔にキャンペーンの手応えを感じる。
クリオネの力は絶大だった。

試写7

『Oisiiman』の作品中でも、重要な意味合いを担ったクリオネと流氷である。


終演は午後10時30分。
ツアー参加者で軽い打ち上げを。17日夜は、日韓スタッフの交流会『紋別ナイト』が控えている。

クリオネ贈呈2

現地で韓国側との調整やマップのハングル語訳などに大活躍してくれた杉本あずみさんに、ガリンコ号の山井船長からクリオネを贈呈。半分は19日からの『Oishiiman』公開中に劇場で展示される。


作品の感想?
僕はとても好きだ。地味だけれど、人間の心の奥に向かって語りかけるような静寂のストーリーが、流氷に閉ざされた音のない町、冬の紋別の存在感で大いに支えられていたように思う。

早く日本公開が決まってくれるといいのに。




おいしいマン 応援ツアー2

試写6

ささやかにライトアップされたクリオネが次第に地元民たちの関心を集め始める。

試写9

続々集まる。クリオネの人だかり!

試写8

ガリンコ号山井船長に、記念撮影の希望者が続出!

試写5

どんどんにぎわいがまして行く。観客はボクらも含め500名。満席である。北海道新聞社のソウル支局にも取材していただき、特別試写会の翌17日朝刊、ボクらの滞在中に、早くも北海道新聞の全道版に記事掲載していただいた。

試写10

流氷に見立てたクラッシュアイスの中にガラス容器に入ったクリオネをミニライトアップ。ちゃんとクリオネのハングル版解説パネルも用意した。

試写13

われらが現地ツアーコンダクター・チェさんが、すかさずお客様に韓国語で追加説明を。彼女の職域を越えた心強いフォローだ。





おいしいマン 応援ツアー1

観光1

ということで、紋別で主要シーンのロケを行い、風の色のボス山野が日本側のラインプロデューサーに立ち、小さな巨人・小野が制作スタッフに加わった韓国映画『Oishiiman』。この作品の2月19日からの韓国公開に先駆けて行われた特別試写会に風の色全員で参加して来た。

昨年3月の2週間の撮影から一年を経て、炊き出しはじめとする熱い協力をいただき、いまだ覚めやらぬ地元紋別市民の想いをツアーに仕立て、風の色の社員旅行もその中にちゃっかり詰め込んで、約20名でソウルに乗り込んだと言う訳だ。

目的はヒット祈願、ロケ地PRとはいえ、ほぼ初めてのパッケージツアーに、観光の団体行動なんてのもしちゃったのである。
(写真は2日目16日朝に観光で訪れた興禮門)

シネコン前

ここが、『Oishiiman』の制作会社SPONGE ENT. が経営するシネマコンプレックス。かのロッテ百貨店のある街、そしていたるところに日本人が闊歩する街、明洞(ミョンドン)にある。ボクらは紋別ののぼりを掲げて、ストレートな応援とPRの想いを表明した。

試写12

2月16日午後7時30分過ぎから、スポンジ社のシネコンに『Oishiiman』 特別試写会の客が入場し始める。ボクらはチケット引換所の横にスペースをもらい、紋別の四角い夕陽や流氷のイメージポスター、流氷砕氷船ガリンコ号のポスターなどを掲出させてもらった。

試写1

また、紋別からはるばる連れて来たクリオネを展示、制服に着替えてお姿も凛々しいガリンコ号の山井船長、紋別のハッピに身を包んだキャンペーンギャル? と共にお客様をお迎えする。

試写4

チケット交換したお客様に日本サイドから手渡したのは、僕の作った完全保存版ロケ地マップ(日韓2カ国語)、ガリンコ号とオホーツク流氷博物館のハングル語パンフレット、クリオネの携帯ストラップ、紋別の乾燥ホタテ貝柱である。





ソウルのクリオネ。

クリオネ1

2月15日、午後7時30分、
ようやくわれわれはソウルのチョンダムドン、エルルイホテルに到着した。北海道紋別で撮影された映画『Oishiiman』のソウル公開に併せて、ロケ地としての作品のヒット祈願、応援、そしてロケ地紋別のPRのために、紋別から約20名のツアーを組んでやって来たのだ。

最大の気がかりは、はるばる紋別から連れて来たクリオネが、長旅を越えて、果たして元気にしていてくれているかだった。

何しろ、紋別のご一行は、午前6時に紋別を発って来たのだから。

クリオネ2

共にソウルに訪れた、流氷砕氷船ガリンコ号の船長の管理の元、発泡スチロールの箱の中に、オホーツクの海水と共に封じ込まれたクリオネが数匹。それを2本ずつ、2梱包で運び込んだ。そいつを開梱して、クリオネの安否を確認する。

クリオネ3

良かった! 元気だ!

一同、ほっと胸をなでおろす。


クリオネを育てるには、一年程度なら餌も酸素もいらない。
ただ、定期的に海水を取り替えてやらねばならない。
うまく管理してさえあげれば、2年でも3年でも飼育できると、クリオネ捕獲から飼育にいたるまでのプロ、ガリンコ号船長の談。


16日月曜日夜の劇場キャンペーンまで、ホテルの冷蔵庫で保管してもらうことに。





雪投げについて3

除雪1

え??? コースの途中に突然の珍入者。

除雪2

先に紹介した場所とは別に、展望台化ではなく、投げられた挙げ句に山のように積まれた雪を、市の除雪車が崖下に飛ばしているのだ。
 
除雪3

コースは寸断。
みるみる雪にかすむ、標識や街灯。
今朝のエクササイズは中止せざるを得ない。

除雪4

真逆からのリポート。
おだやかな朝を切り裂く、重機の轟音。
おかげでウェイトコントロールは台無しさ。
(人のせいにして逃げる)



雪投げについて2

雪投げ4

展望台を側面から見たところ。
ガードレールを乗り越えて、左側に展望台が舞台ステージのデベソのように張り出しているのが分かるだろう。おじさんが戻って行くのが、僕の家と隣家との間の通路である。

そして、そこを起点に、ガードレール沿いに画面の奥から手前に向かって延びる轍(わだち)が,僕の歩くスキーコースだ。

コース1

崖の向こうの山々の裾野には朝里川温泉。その稜線を右手に、左手に家並みを眺めながら北に向かう(画面手前方向)と日本海が広がっている(撮影時は曇っていたので画像なし)。

コース2

街路樹や交通標識、街灯を縫って私のクロカンコース。


雪投げについて1

札幌雪まつりが昨日で閉幕した。
北国では、雪を嘆いているだけでは生きて行けない。
いかにして、雪を克服し、雪を友とするかが肝腎だ。

雪原

僕の自宅は崖っぷちに建っていて、こんな景色になっている。
手前の道路は除雪が入らないので、借景というか、冬場は庭がにわかにだだっ広くなったような塩梅になる。

雪投げ1

こちら北海道では、捨てることを投げると表現する。
だから、かきだした雪を廃棄することを「雪投げ」と言うのだ。
雪投げとは、雪合戦のことではないので悪しからず。

僕の家と隣家の間に舗道があって、近所の人たちはそこを通って崖の下に雪投げするのである。

雪投げ3

チリも積もれば、じゃあないけど、雪も投げれば山になる。
手前の木のあたりが崖の間際にあるワイヤー張りのガードレールである。ご近所中の家々がガードレールを越え、崖下に向かって投げた雪が溜まりに溜まって、冬が深まってくると、崖に張り出した展望台のようになってくる。展望台の張り出し加減でその冬の雪の量を視覚的に感じるのが例年なのだ。



旅の終わり。

旅の終わり

口直しに街路樹ストリートを歩き回ったあと、
小さな居酒屋で足を休めた。


「旅の終わりはおまえに」
昔むかしそんな歌があったっけ。

おおきな瓶みたいな器に、
なみなみと注がれたマッコリ。

もう何も食べられない。

見た目も口当たりもまったりのマッコリなのに、
さっぱりタイプなら不思議と呑み続けられる酒なのだ。


明日の節分はもう、朝6時半にはホテルを出て、
仁川空港に向かわなくてはならい。
なんとも駆け足の出張だった。

あれ? 最近ボクは禁酒してなかったっけ。


てっぺんをまわって、さらに一時間以上。
ふたつめの瓶が空になろうとしていた。




ソウルフルな寿司。

金寿司1

ミョンドンをお散歩してから、地下鉄を乗り継いでホテルのある新紗地区に戻った。

韓国海苔やキムチのお土産を部屋に置いてから、ホテルのすぐ近くで見つけた寿司屋を探検することになった。1月末のページでも紹介したように、ウチのボスの握る寿司は半端ではない。寿司という食べ物への興味好奇心も並大抵ではなく、海外の町を歩いていて寿司屋を見つけるとどうしても入りたくなるようである。

たいていは、その国の旨いもんを食べるのに忙しいので、わずかな滞在期間中に、わざわざ99%後悔しそうな寿司に同意する相棒はほとんどいないらしい。

確かに内モンゴルのフフホトで食べた寿司やそばは、逆上するに足る代物だった。だけど、虎穴にイラズンバなんとやら。ボクも今回は面白がって意を決した。

金寿司2

その期待を裏切ることなく、昨日から食べ続けている青唐辛子や野菜の盛り合わせが、いきなり生にんにくたっぷりの味噌とともに登場。それとは別にサラダもやって来た。

やせこけたラッキョウや、フグのお造りのように向こうが透けて見えるタクワンがあとに続く。

金寿司3

頼んだのは寿司の盛り合わせなのに、前菜に米の一品だ。
アワビのキモをすりつぶしたものを粥状のご飯と合わせている。

金寿司4

大皿に二人前の寿司。
おお、これは見慣れた感じだ。
こぶりな握り方にも好感が持てる。

あれ? 
不思議なおいなりさんはともかく、
でもなにか違和感があるのは…

こ、こいつのせいか!?

金寿司5


と、そこにたたみかけるように、
(本州人には)あまりにも見慣れたアジの塩焼き、暖かいうどんとみそ汁がいっぺんに出て来た。

金寿司6

とどめはデザートだ。

金寿司7

小皿に載って出て来たのは、
なんと、梨とヨウカンだった。

手がふるえてピントが合わなかったが、デザートの写真はあえて掲載させていただく。

ビールから日本酒に移行するいつものパターンは自重した。

お勘定?

これ以上、語らせないでくれ。


※ 酢飯もきちんとして、味は決して悪くなかったことを、
 こちらの店の名誉のためにひとこと言い添えておきます。


ミョンドン スタイル。

ミョンドン1

街路樹通りとは打って変わって、ミョンドンの街は突然こんな感じなのだ。ようやく慣れ親しんだアジアの裏路地に安堵感すら。

ミョンドン2

おしゃれストリートでは見かけなかった屋台や、

ミョンドン3

露天商が舗道を埋め尽くして…



やさしい ソルロンタン。

ソルロンタン1

ふた晩目。
あずみさんに連れて行かれたのは、ソルロンタンのおいしい大衆店だった。テーブルに組み込まれた収納部には、いくつかのキムチが隠されていた。へえ、いつでもキムチだ。

ソルロンタン2

午後7時。この店ではアルコールを口にしている人を見かけなかった。みんなこのソルロンタンの優しさを求めているのだろうか。そりゃあ大辛が日常のコリアンだとて、365日続けばやすらぎたい日もあるだろう。

ソルロンタン3

杉本あずみさんも、ひんぱんにカメラを取り出してはシャッターを切っているので、同好の士かと尋ねてみた。

最近お逢いした方では、グラフィック界の巨匠、K2の長友啓典さんも常に携帯で写真を撮っては、時間を開けず次々とブログをアップしていらした。

昨晩、彼女の韓国での8年間に舌を巻いたばかりだったのに、彼女は日本の携帯用韓流サイトや、こちらの雑誌にいくつもの連載を抱えているのだと言う。イラストの仕事も受け、韓国の小学校の教科書に700ものカットを書いたとも。

多才だなあ。

敬意を表して、やさしい一枚。


SPONGE meeting

sponge1.jpg

2月2日午後4時。
杉本あずみさんの事務所社長とご挨拶の後、今回のメインテーマである映画制作会社スポンジと、彼らが経営するカフェで打ち合わせ。社長のデビッドとプロデューサーのハンさんが登場。

sponge2.jpg

打ち合わせ後、スポンジが直営(共同運営)するシネコンへ。
タクシーを飛ばして約20分。橋を渡るとこれまでの街とは様子が変わる。まぎれもないアジア的カオスでにぎわう街、そこは明洞(ミョンドン)である。

sponge3.jpg

このエリアで生クリオネをディスプレイ。紋別から訪れた関係者が揃いのハッピを身にまとい、ハングルと日本語で作られた完全保存版の紋別ロケマップと記念品を配布し、ロケ地紋別をアピールする。

現地でさらに詳細な打ち合わせと、さまざまな確認ごと。



街路樹 street


夜中に、紋別ロケマップの最終ハングル訳を杉本あずみさんからメールで受け取る。そして2月2日月曜日朝。札幌のデザイナーさんとメール&電話でやりとりして、印刷入稿の段取りを終えてから10時半過ぎにボスの部屋へ。

街路樹1

11時。街路樹通りに繰り出す。
午後3時にホテルに戻るまで約4時間、お昼以外の時間はずうっと歩き回っていた。この3、4年の間、内モンゴル(と北京)に通い詰めていたけれど、おんなじアジアでも違うものだなあ。中国ではついぞ見かけなかった欧米の香り、ヨーロッパ的なおしゃれ感がこの通りにはあるように思う。

街路樹2

李朝の家具のアジアンアンティークなども日本人には馴染みやすいけれど、いまどきのソウルストリートは青山、表参道、札幌円山辺りのイメージで、これも僕らには分かりやすい。

街路樹3

薄曇りの中、歩き続ける。

街路樹 street を外れると、サラリーマン、OLらしき人たちの昼休みのにぎわいに出くわす。そういう人たちのための飲食店街のようだ。ボクらも歩き疲れて、レストランへ。

ランチ

肉やらキムチやら味噌やらを、とにかく好きなように野菜で巻いて食べる?定食を注文。野菜の種類と大きさ、量が尋常ではない。二人前でこんな感じ。とても食べきれるものではない。ビールをそれぞれ頼んで、日本円でひとり600円くらい。



ソウルがふるえる3



このステンレスの器、いかすでしょう。

24h2.jpg

どうやら韓国では、ご飯はこういう器で供されるらしい。

24h3.jpg

そこらで普通に手に入ると聴き、
とりあえず、むやみに欲しくなる。




ソウルがふるえる2

azumi2.jpg

2月1日。韓国はじめての夜。
食卓がみるみる赤い食べ物で覆われ、ちょっとふるえた。
携帯電話に触ったことすらなかった20年近く前から、箸と七味と山椒を携帯するほどのカプサイシン派の僕が、どうして50近くまで韓国を訪れる機会がなかったんだろう。ちょっと感無量。

azumi3.jpg

そして、マッコリ。

食いしん坊、飲ん兵衛の僕が、マッコリに出逢ったのは意外にも北海道に移り住んでから。40前後ではなかったか。たしか帯広の駅に近い『あんじゅ』という韓国焼肉の店だったと記憶している。

東京からのロケ隊を引き連れて入った『あんじゅ』は、古い旅館を改築した古色蒼然の渋い建物が気に入っていた。そこで初めてマッコリ体験をした。お偉いさんたちもいたのに、カメラマンの助手さんとふたり、妙に盛り上がってマッコリしてしまったっけ。

ようやく本場でマッコリをいただいた。
キムチと一緒で、ほんとにそれぞれ味が違う。
 
韓国の初マッコリの味?

ふふ

魂(ソウル)がふるえた。



タクシー

1日日曜日から2日月曜日に日付が変わる頃、タクシーで帰る杉本あずみさんを見送ってから、彼女お薦めの24時間営業のチゲのうまい店にボスと入る。

24h.jpg

初焼肉、初マッコリに続けて、たたみかけるように、初チゲ、初ビビンバ(フレッシュ野菜が絶妙)に挑む。


まあ、なんせ、すべては『初』になる訳で…


でも、
やっぱり、
どれもこれも、

実に自分に馴染む味覚なのだ。


ソウルがふるえる。

レッドペッパー
 
ソウルに来ています。
前日土曜の晩にボス宅でボスの握る関サバと北の錦に酔いしれて、早くから酩酊していた私ですが、2月1日日曜日の10時過ぎには小樽の家を出て、新千歳空港に昼前到着。ボスと落ち合って1400発の大韓航空に。

仁川(インチョン)国際空港からリムジンバスに乗り間違え、あらぬ方向に向かったりしながら、初めて触れる韓国の優しさに導かれ、バスを乗り継ぎ、タクシーのお世話にもなりながら、ようやく午後8時前に新沙地区の永東(ヨンドン)ホテルに到着。

最近ソウルで最も先端の人たちが集まるという、ホテルから目と鼻の先の街路樹通り?に繰り出します。

豚肉アップ

今回の出張は、韓国の映画制作会社SPONGE.ENT.との打ち合わせが目的だ。昨年3月に北海道の紋別市でロケが行われた、同社制作の韓国映画『Oishiiman』の韓国本国と北海道でのPRに風の色が関わっているからである(11/17「イ・ミンギとオホーツク紋別。」参照)。

昨年10月に釜山映画祭で上映された『Oishiiman』は、2月19日からの韓国公開がついに決定した。2月16日の先行マスコミ試写めがけて、主要ロケ地である紋別で作品に関わった市民20名がツアーを組み、ヒット祈願とロケ地紋別のPRを兼ねてソウルを訪れる。作品の重要なモチーフにもなった、流氷の精霊クリオネも連れて行くのだ!

2月27日には、夕張国際ファンタスティック映画祭で、『Oishiiman』を通した、映画ロケと地域振興のシンポジウムも開催される。

そして3月には、ロケ地紋別での特別上映。

そんな一連のプロジェクト運営の詰めの合間を縫って、焼き肉や辛いものも食べた。

azumi.jpg

杉本あずみさんは、まだ二十代にも関わらず、韓国在住8年。
映画作りに関わりたい一心で、照明の世界に飛び込んで後、アジア映画好きが高じて、ある日突然思い立って右も左も分からないソウルにやって来た。ときどきぬるま湯にいることが許せなくなって、無理矢理自分を追い込む性癖があるそうだ。

今回縁あって、風の色と韓国サイドの間に立ち、交渉やら通訳やらの一切合切をこなしてくれた強い味方である。そして今まさに完成間近の、ボクが作っている紋別ロケ地マップのハングル語訳もお願いした(写真で彼女が見ているのがその校正)。現在は日本やハリウッドの映画を買い付けて、韓国で上映する仕事に就いている。

日本を離れて、ボクらの知らないところで頑張って輝いている素敵な人がちゃーんといるんだなあ…と関心しきりの夜なのだ。



風の新年会。

突き出し

一月最後の日というのにボス宅で風の色の新年会。
ボスの料理は玄人裸足なので、つきだしからしてこんな塩梅だ。

カウンター
 
じょうや鍋でたらふく豚肉とほうれん草をいただいてしばし小休止。和室からリビングに目をやれば、いつの間にかすし屋のカウンターが出現だァ!

PowerBook.jpg

ゆえあって、僕は PowerBook を開いて、製作中の紋別ロケマップのフィニッシュをデザイナーさんとやりとり。その向こうでは、二次会の寿司屋が開店している不思議な光景。

職人

明日はビッグバンを運転する若頭ひさし、明後日からロケが控える小さな巨人オノ、10日間の上海ロケ隊のお伴から戻ったばかりのドエ。職人さんのボスと、番頭さんの僕は、明日からソウルへ打ち合せの旅。

「大将、今日はとびきりの関サバが入ったんだって!?」






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