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2009-07

江別焼きもの市の恵波ひでおさん2


僕は午後2時に恵波さんのブースを訪れたのだけれど、7時から打ち上げをするので一緒にどうだと主に誘われた。まだ5時間もあったが、こちらも独り気ままだし、飲んでいるうちにすっかり心地よくなってしまった。

平皿2

以前から欲しかった平皿も含め、キープした恵波作品はけっこうな数になっていた(一連の写真全部、今回譲ってもらった作品)。まだお金も支払っていないうちに今年の市の終了時間がやってきて、僕もスタッフ顔で撤収を手伝っていた。

柿八新香

恵波さんの車に残った器を積み込み、車は駐車場に。
札幌市内までJRで戻ったわれらが一行5名は、恵波作品を使い、ときに個展も開く寿司屋『柿八』のカウンターに陣取る。

こじんまりした店の、こざっぱりしたカウンターに、恵波作品に盛られた職人仕事がとんとんと現れる。

美しい! うまい!

柿八穴子

すぐ解散するからさ、と、お誘いを受けたときには聴いたような気がしたのだが、それから二軒、都合三軒もごちそうになってしまった。今回の収支は大丈夫なのだろうか?

しっかり作品を売りまくった他の三人はともかく、僕はただ飲んでいただけなのだ! しかも自分のお買い上げ分すらまだ支払っていない!



この繊細で豪快な器を作る人が、どんな男かちょっと気になるでしょ?

恵波さん

こんな感じです。


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江別焼きもの市の恵波ひでおさん1

片口とぐい飲み

食の器に関しては、惚れ込むと同じ作家のものをじわじわと集めるのが好きだ。漆器については、このブログでもたびたび登場する、能登の瀬戸國勝さんだし、磁器に関しては道内虻田町NAM工房の恵波ひでおさんの作品が、気がつけば日常のほとんどを締めるようになった。

工房にもお邪魔したことがあるし、仕事の関係で全国誌の取材をさせていただいたこともある。個展があればあちこち出かけて行くし、地元小樽にいらしたときには町に繰り出したりもした。

なにせ、かなりの呑んベイである。
会場でもずっと飲んだくれてる。

ビアマグ

必然、酒がらみの器が多いし、手に入れる側も同様だ。
このビアマグなどは実に泡立ちがよく、ビールが旨い。
会場で実際に試してみたのだから間違いない。

壷1

だから、毎年江別市で開かれる焼き物市に足を運ぶのはかなり喜ばしい。とはいえ7月12日日曜日の江別は、僕にとっては5年ぶりくらいだった。なんせ、夏場に忙しい仕事をしてるからだ。

今年焼き物市は二十周年。
恵波さんは、第1回から参加している。

店番役の三人の恵波さんの友だちだって、もうかれこれ12、3年もこの焼き物市で恵波さんを手伝っているのだという。で、毎回恵波さんと一緒に飲んだくれている。年季が入っている。

壷2

今回はじめて、助っ人の彼らと一緒に、テントの中に入れてもらった。スタッフ席に入り浸ると、手作りのパンだの、かつおの酒盗だの、美味しい酒の肴が次々に出現する。

気がつくと、主はどこかにいなくなり、仲間たちだけで販売している。手慣れた口上も滑らかに、次々とセールスをこなす。


会計はいたって原始的で、売り上げが入っている主の財布からお釣りも出し入れする。とくに帳簿のようなものはない。プライスカードこそつけてあるけれど、気分でえいっと勉強したりするので、在庫と売り上げを照合するような手だてはまったく考えられていない。酒がなくなれば、誰となくそこからお小遣いを取り出して、ビールだの日本酒だのを買って来る。



倉本聰『帰国』& 風のガーデンツアー

集合

7月5日、東京時代の古巣の先輩の声かけで、今年の一月に引き続きグラフィック界の巨匠、長友啓典さんとお逢いする機会を得た。富良野演劇工場で倉本聰さんの新作を鑑賞、駅前のくまげらで山賊鍋とオリジナル日本酒に舌鼓、緒形拳さんの遺作となった倉本脚本の舞台「風のガーデン」も訪ねてしまおう、という企画である。

長友先生には、一月、旭川空港へのお見送り、お別れの際に、
「同じケイスケのよしみで,北海道K2だね」
と言っていただいて、僕は痛く感激してしまった憧れの人である(実際には、長友ケイスケさんのKと、もう一人の巨匠であり、先生のパートナーであるクロダ征太郎さんのKで“K2”なのだ)。

今回のメンバーはさらに、長友先生がアートディレクションを務めているガーデニング雑誌「BiseS」の編集スタッフの方、広告、メディア関連の方々から、かの開高健さんや倉本聰さんの釣りをガイドしていた!という知床は羅臼から参加という凄い方、ガラス工芸のアーティストから果ては環境省のレンジャーさんまでと多士済々。

(くまげらでの交歓会の様子をちいさな写真で雰囲気だけ)


kaze_no_garden.jpg

富良野の話題のスポット「風のガーデン」は、午前九時の開門前から大勢の観光客が押し寄せていた。僕らは、取材がらみの役得?で、午前七時に入れていただいた。

敬愛する緒方拳さんの最後の日々が甦る。
あらためて合掌。


あ、倉本聰作、富良野塾の新作芝居『帰国』ですが、
客演の梨本謙次郎さん(『昨日、悲別で』の与作)が圧倒的な存在感を見せつけた。20数年前に広告業界に入った頃、最初に携わった男性化粧品のCMシリーズに、天宮良さん(同・主演)、布施博(同・駅長)さんと共に出演していただいた。

懐かしい。
泣けた。



マイウヰスキーづくり3


今回の経験の中で、本筋とは別に最も驚いたことのひとつは、二日間の行程のすべてのお相手をしてくれたニッカのOさんが、僕の自宅のお隣さんだったということ。開会のとき、まずはび~っくり! なんせ、小樽に移り住んで17年、会釈しか交わしたことない人であり、勤め先も職業すら知らなかったのだ! それが…

自ら口べたとおっしゃり、訥々と話すOさんだったが、それがかえって技術畑を歩いて来た方の仕事の確かさを象徴するようで好感が持てた。

二日間のすべての日程を終了した閉会の挨拶のとき、Oさんは最後の挨拶をこう切り出した。

「最後にひとつ、みなさんにお願いがあります」

当然、お決まりの企業PRがひとしきりあるのだろうと思った。でもそれはちょっと違った。

「これを機会に、永遠にニッカを飲み続けてくださいなんて、大それたことは言いません。でもひとつだけ。10年後、今日のウヰスキーが熟成を重ね、みなさんがそれを味わう日が来たときに最も大切なこと。それは、健康です。健康でなければすべてはありません。どうかその日まで、みなさん健康でいてください」

tastingK.jpg

別に普通のこと、当たり前の言葉かもしれない。
でも、なぜか心の奥にずしっと響いた。

人の生き死にに関して、いろいろあったばかりだからかもしれない。でも、人は健康でないと、ケンカをすることも出来ない。憎むことすら出来ない。

10年後に、こんな顔してウヰスキーが飲めるように、少し謙虚に生きなけりゃならないかな。


集合3b


かくして、四半世紀前のヨーロッパ旅行の打ち上げというか、二次会というべきか、そうしたひとときが終わりを告げた。

25年前、こんな形で再会のときが訪れるとは思ってもみなかった。でも今回は違う。10年後にこの顔ぶれで、ふたたび余市を、ニッカウヰスキー工場を、小樽を、中嶋さんの樽を、僕らは訪れるだろう。

今年植えた藤の花、二年に渡る母の顛末、見事だった御衣黄、飛行機や電車や居酒屋で抱いていた母の遺骨、マグロの漁港に集ってくれた友人たち、やさしくしてくれた旅館の若女将、彼女に紹介してもらった港町の花屋と果物屋、F先生とのツーショット、納骨の儀、親族という忘れかけていた血のつながっている存在、25年目の再会…このふた月ほどのやるせない時間から、遡ってさかのぼって25年前の旅の場面やらが次々と鮮やかに甦る。

そんなモロモロを封じ込めたウヰスキーは、いったっんどんな味がするんだろう。ホントにウヰスキーって奴は、時間と戯れる飲物なのだと思う。

時間旅行はまだ終わっていない。



マイウヰスキーづくり1

樽詰め

余市ニッカウヰスキー工場の二日目。
いくつかの講習と体験を経て、いよいよわれわれのウヰスキーを樽に詰める行程にかかる。真新しい樽の中央の穴に巨大な漏斗(じょうご)を差し込んで準備万端。

見つめる

僕らの原酒は、まだ時間の洗礼を受けていないので無色透明の液体だ。自分の酒と思えば、まなざしが違う。

樽俯瞰

参加者それぞれの思いを樽に書き込む。
ちなみに私は恥ずかしいサインをしてしまった。

「環歴まで眠れ!」

環は還、歴は暦の、それぞれ間違いだ。
くそお、誰も教えてくれなかった。
私の誤植を冠にいただいたまま、この樽は十年の眠りにつくのか!


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