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2010-06

猛暑。

涼

北海道の猛暑が続いている。
先週土曜日は、全国の最高気温のベスト20を北海道が独占という異常事態が発生した。日本最東端の根室の摂氏35度は130年ぶりだとか。昨28日月曜日も札幌は軽く30度を超え、道産子は息も絶え絶えである。

そんな日というのに、本業の方で経済産業省さんというお固いところへのプレゼンテーションがあり、珍しくネクタイを締めて出席。そのあとも地元放送局へ出向いて特別番組の企画会議が続いた。

さて、わがもっきりバルでは、前の店の持ち主から引き取ったエアコンが不調で、点検をお願いした業者さんから「もう掃除をしても無駄である」との宣告を受けた。なんてこった!

まかない

遅番で向かう店に手ぶらで行く訳にもいかず、ようやく調達した扇風機と板氷を持参する。扇風機は熱風地獄の厨房へ。板氷は土鍋に移し替えて店内中央の立ち飲み用丸カウンターへ。せめてもの涼である。まかないは冷やし茶漬け。

花盛り

カウンターのピエールに次々と常連さんが加わり、汗をふきふき開き直りの盛り上がりへ。

だってこんな陽気にホッピーはがぜんうまさを増すのだ!!

ピエール氷

たわむれにピエールには氷漬けになってもらった。



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猛者。

強者

この数日、吉田類さん講演会の告知が衆知していきたのか、新聞やインターネットの記事を見て、わがもっきりバルに来店してくださる初めてのお客様が増えている。

特に23日水曜日の北海道新聞の記事は、5月27日、6月10日に続く三度目の掲載にして、ようやく類さんファンのツボをつけたようで、それまでの一ヶ月弱のチケット売り上げ枚数よりも、このわずか3日間の枚数が上回るほどの勢いなのだ。ほっとひと息。

24日にはFM北海道の「リーフ」という午後の番組からレポーターさんが店にいらして、私へのインタビューが生放送された!(FM北海道さんの番組ブログにその時の模様が写真付きで公開中)ホッピーという当店のメインドリンクの説明から、ホッピービバレッジ三代目社長の話、そして類さん、講演会の件などをお話させてもらった。


さて、昨晩も初めてのお客様、小林酒造さんの日本酒会でお目にかかった方が来店、講演会のチケットを購入してくださった。そしてもうひとり、強者がやって来た。

当店に来店したことのあるお友だちから紹介を受けていらしてくれたのだけれど、すでにパークホテルで中華料理、ビール、赤白ワインを口にして来たというのに、カウンターに立つや白ホッピーを注文、キンミヤロック、ウメキン(キンミヤ9:うめ液1)を立て続けにあおり、カウンタ―常連の雄、ピエールと意気投合して赤ワインをボトルで一本。

棚のラフロイグ(シングルモルトスコッチ)を見つけてショットグラスでのストレートを所望、さらにひと口それを舐めて、チェイサーに黒ホッピーをとのたもうた。やるなあ。

弊店に近い午前1時少し前、
「明日も来ます」と言いおいてお帰りになった。

脱帽。





広報の日々4/龍宮神社例大祭。

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六月の小樽も祭りが続く。北海道神宮祭に重なっていたのが水天宮の祭り。今日20日日曜日から22日火曜日までは龍宮神社の祭りだ。

先週の土曜日に講演会の広報活動で、類さんの「酒場放浪記」小樽篇に登場した『らく天』さんにお邪魔したのだけれど、カウンターの隣のお客さんに見覚えがあった。ご挨拶の挙げ句、その方は小樽駅にほど近い、龍宮神社の宮司さんと判明した! 

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「らく天」さんには類さんの講演会のポスターとチラシを置いていただいたのだけれど、勢い余って宮司さんにもポスターを渡してしまったのだ。もちろんお祭り野郎としては、時間の許す限り地元の祭りには足を運ぶのだけれど、ましてそんな事情もあったので昼前から龍宮神社に向かう。

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社務所で宮司さんにご挨拶した後、明日の出番を待つ、本殿の神輿を拝見した。宮司さんは、仕事を調整してでもこの神輿を観に来てください。それだけの価値はあると自負しています。小樽一番の神輿と思っています。あ? 担ぎたい? それなら私から龍祭会の頭に話してあげますよ。いやいや、宮司は見守る立場の人間ですから、よそでは担げても自分の神社の神輿は担げないのです。
そんな会話をした。

出店をひやかしながら花園方面に向かう。
昨日は、これも「酒場放浪記」に登場した日本酒の品揃えも素晴らしい『わか松』さんにポスターとチラシをお願いした。今日は日曜なのでお休みだけど、昨日渡しそびれた、昨年11月に類さんと訪れた際の写真を遅ればせながらプリントしたので置いて来た。

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途中のアーケードで、水天宮祭の時には昨年廃業しただるま湯さんの前で見かけた猿回しのおじさんとふたたび遭遇。観衆の少なさに少々せつなくなる。だるま湯と言えば…の大衆中華の名店『五香』に立ち寄る。例によってポスターをお願いしようと思ったのだけれど、運河マラソンの走者たちの打ち上げにぶつかって、店は凄く混雑しており、とてもお願いごとを出来る雰囲気ではなかった。

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それでもピータンと餃子でビール、それから紹興酒、いつものようにパイカル(白乾)のサービスが出て来て、瞬時にふらふらになる。

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帰り道に五香のすぐご近所で、先週ポスターを置かせてもらった、あの、類さんの餃子写真の店「大丸」さんを覗く。なんと壁のメニューのところに堂々とポスターは貼られていた。感激!

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帽子野郎二題。

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とある晩、わが『もっきりバル 風の色』来店の男たち。
右から、金曜日の男中G、そのシャチョー、ハジメ・ピエール・ヤハギ。

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(二枚目)中央はわが店の小シェフ・マナブ監督。


祭りを見下ろす。

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よさこいと入れ替わりに、6月14日(月)から16日(水)までは北海道神宮祭だった。15日火曜日の出勤途上、山車に出くわす。

山車が事務所について来るので、しばし一緒に歩く。店番もあるし、ゆっくり祭りに身を委ねることもなかなか出来ない身体になっちまったなあと朝っぱらから嘆く。

翌16日水曜、祭りの最終日。
午後二時にわがもっきりバルに向かって車を走らせると、店のある狸小路あたりが騒がしい。駐車場までの道のりがやたらと混んでいる。そうか。祭りの交通規制だ。やっぱり祭りは、祭りを目的に群衆の中にいなくちゃなあ、とふたたび嘆く。

わがもっきりバルは狸小路六丁目のアーケード街の二階にあるのだけれど、開店前の店を掃除していたら、表が騒がしい。

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おお、山車が、神輿が、眼下をうねっているではないか!
店は随分と僕の生活を変えてしまったけれど、店をやらなければ、このアングルから祭りを愛でることもなかったと、少し気を取り直す。

お祭り野郎の血が騒ぎ出す。



広報の日々3/類さん講演会


6月14日月曜日。
土曜日から店番を外してもらって、家にいる間はずっと企画書を書いている。でも、その合間を縫って、メールや電話で講演会準備の連絡や広報活動にも時間を割いているので、中々本業がはかどらない。

午後5時半に小樽市内の小野整形の小野先生に時間をもらっていた。12日土曜日の最初の小樽広報行脚の際、どの店に行っても小野先生の名前が出て来て、誰もが「あの人なら顔は広いし、力があるからお願いすれば、チケットの100枚200枚は固い!」と口を揃えるのだった。

小野先生は11月の類さんの薮半での句会の後、日本酒の店にして『酒場放浪記』にも登場した「わか松」の二次会の席と、その後暮れに一度酒席をご一緒したことがある。今回用件を告げると、じゃあビールでも飲みながらということになり、この日の約束になった。

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街は折しも水天宮のお祭りの最中だった。

花園の『魚一心』さんは、ずいぶん以前に一度か二度訪れたことがあった。小野先生がカウンターを予約してくださっていた。やがて先生が現れたとき、ほとんど同時に吉田類さんから電話が鳴った。7月11日のトークショー当日の演出についての案件だったけれど、小野先生とご一緒していると告げて電話をかわった。

小野先生は、シンガーの長谷川きよしさんが最近小樽にやって来た際に、吉田類さんが大好きな店として「がつや しまざき」を知り、実際に来店。そこに偶然出くわした小野先生は、長谷川きよしさんが「酒場放浪記」のファンであることを知り、盲目のきよしさんが「番組を聞いている」ことに感動したと、電話口で熱く類さんに語っていた。

僕の携帯ごしに類さんとしゃべる小野先生の話に僕もまた感動していた。何より僕は40年来の長谷川きよしファンなのだ。僕が小学生の5、6年の頃「歩き続けて」「別れのサンバ」でデビュー。中学高校にはコンサートに通い始め、浪人時代に今は亡き新宿ロフトの伝説のオールナイトライブ「サンデーサンバセッション」にも参加している。加藤登紀子さんは言うに及ばず、永六輔さんやダウンタウンブギウギバンドなど、異色のコラボレーションもつぶさに足を運んだ。

僕が小樽市民になってからは小樽のライブハウス「一匹長屋」に訪れるきよしさんに逢いに行ったし、帰省の折りには、横濱のジャズライブハウス「ドルフィー」や横浜開港記念館のライブだって追っかけるほどだ!

小野先生の話はちょうど僕が見逃した最近の一匹長屋への来樽の折りのエピソードだと思われる。類さんよりひとつ年上62歳の小野先生も、長谷川きよしは僕の青春だったと言う。

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さて、「魚一心」のご主人も類さんファンということで、こちらにもポスターを1枚。さっそく入口に貼ってくださった。自分は何も口にしない小野先生が、うにだ帆立だと食べ切れない僕のためにご主人に頼んで特別におみやにしてくださった。

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小野先生は、まだ明るい二軒目に、これも類さんの番組に出て来そうな女将さん一人の小料理屋、三軒目には昨年11月に類さん一行をお連れしたという、母娘で営む渋いカウンターバー?「ニュー千秋」に連れて行ってくださった。こちらにもポスターとチラシを。
先生にはすっかりご馳走になってしまった。


ここで小野先生と別れて、僕は土曜日にも訪れた『樽』へ。
土曜日カウンターにいた女性がその場で「二枚ちょうだい」と言ってくださったのに、僕は不覚にもチケットを持ち合わせていなかったのだ。改めて中嶋さんにチケットを若干枚預かってもらった。

まだこの晩は午後10時台。
帰って明日の朝までに企画書を仕上げなくてはならない。
けれど困ったことにワールドカップの日本対カメルーン戦があるのだ。朝を迎える頃の自分を想像するのが怖い。


広報の日々2/類さん講演会

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6月13日日曜日。
本業の企画書がぜんぜんはかどらない。
でも14日月曜日も小樽方面を広報しなければならない。現在類さんを北海道のテレビ局に出演させてもらう画策をしているので、その資料として僕の秘蔵DVDを月曜日に局のプロデューサーに渡さなければならない。一方、昨土曜日にポスターやチラシを思いのほかたくさんばらまいてしまったので、事務所で補充しなければならない。

そんなこんなで日曜出勤。
ひさびさに20年選手、GB250 Clubman に跨がった。

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事務所前はこの時期、マロニエ並木になっている。
北海道では珍しいマロニエの一種、紅花栃ノ木が満開だ。
昨年は櫻の花見は出来なかったけれど、この紅花栃ノ木の下で急きょ宴が始まったっけ…。

でも今日はバイクだから、そういう訳にも行かない。
日曜のおだやかな午後、酒の伴わない大人ひとりの花もうで。

広報の日々1/類さん講演会


6月12日土曜日。
夕方までは本業の企画書書き。
午後6時に I さんと小樽駅前で待ち合わせて、吉田類さんゆかりの店行脚をはじめる。

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最初の店は類さんが大のお気に入りで、昨年11月の小樽吟行の前夜にも訪れたところ。I さんと僕は、まずはビールと本まぐろの刺身をいただき、このまま深く突入してしまいたい気持ちを抑えて、以前訪れた時の状況説明も含めてご主人に名乗り、ポスターとチラシを置かせていただくお願いをした。ご主人に快諾をいただき、ありがたく退席。

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続いてかつてあの「酒場放浪記」にも登場した「らく天」さんへ。
僕は初めてお邪魔した。カウンター向かいの壁に番組の一場面の写真が貼られており、いきなり類さんネタで盛り上がり、こちらではさっそく素性を明かす。ワインと焼き物もその他の酒肴も絶品で、またしてもこのまま本気になりたい気持ちを羽交い締めにしつつ、ポスターとチラシをこちらも気持ちよく預かっていただく。

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三軒目は昨年11月の小樽吟行の句会会場になった蕎麦屋薮半へ。
僕の一番好きな石蔵前の板の間で、しばし I さんと蕎麦屋酒に興じていると店主登場! ひとしきり事情を述べると、ポスターくらいでそんなにかしこまって「水くさい!』と一喝。

後ほどチラシのデータを送って、驚くべきアクセスを誇る薮半WEBでも援護射撃してくださることに。

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四軒目。
I さんをどうしても連れて行きたかった、中嶋さんの「樽」へ。
こちらは類さんゆかりの、ということではないのだが、僕個人が小樽の街で一番「酒場」と呼ぶにふさわしいと思っている店なのだ。
最初からお願いを告げると、なんと中嶋さんは類さんの大ファンであることが判明。さっそく壁の志の輔独演会のポスター横に…。類さん談義から映画談義へと縦横無尽に話は尽きない。

I さんの札幌の自宅近くまで行くバスの時間はとうに過ぎ、JR終電まで名残を惜しむ I さんだったけれど、楽しいひとときあっという間に過ぎる。


日が変わり、ひとり樽を後にした僕は、意を決してもう一軒。
昨年11月に初めて類さんに会った日。薮半から数件回った挙げ句、駅前ホテル・ドーミー・インの部屋で類さんから俳号を授かり、ビールに餃子で締めたいという類さんのひと言で再び街へ。ラーメン屋の大丸さん午前2時を再現してひとりビールと餃子を。

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今回の講演会の写真は、このとき大丸さんで僕が撮ったものだ。
この日は午前1時半。ご主人に事情を話したら、ああ、覚えているよ! ウチが写ってるんじゃ置かない訳にもいかないやな。

という訳で広報の長い一日は終わった。




六月の馬さん。


いつも馬さんの店「龍仙」を訪ねるのは朝から昼にかけてなので、それなりに夜も更けての訪問では馬さんに逢えないと思っていた。

ずっと撮りっ放しで一度も渡したことなかったこれまでの写真をプリントして持参していたので、今回は逢えなくとも、それだけは渡して来ようと心に決めていた。ところがその晩馬さんはやっぱり店の外で外交しており、若いカップルとお話中だった。だから僕は、
「馬さん、これおみやげ!」とだけ告げて店の中に。

諸々注文していたら、ホールの女性が「おじいちゃん、写真をとてもとても喜んでいます!」と僕に耳打ちした。ひとしきり外交を終えてから、厨房で僕の写真をスタッフに見せびらかして、またぱっと出て行ってしまったらしい。忙しい人だ。今日はお話しできないかなあ。

泣けるほど美味い砂肝の和え物で紹興酒をチビチビしていたら、突然馬さんが僕の席にやって来た。
「ホシノセンセイ、写真ありがとう!」と言いながら差し出したのは、ずっしり重い紙袋。わざわざこの中華街のどこかの店に中国菓子を買いに行ってくれたのだと分かった。メチャクチャ嬉しくて、僕は馬さんに抱きつきそうなくらい感激した。

いつも表で話す時は、馬さんが僕のカメラを取り上げて、通りすがりの誰かやスタッフ、馬さんの店に行列している人にと、誰彼となくツーショットのシャッターを押させるのが常だった。けれど、嬉しくて、初めて僕の方から写真を撮ろうと馬さんに言うと、馬さんは、ちょっと待て、というような仕草をして、またどこかへ行ってしまった。

しばらくして戻って来ると、馬さんは先月GWの時も着ていた「よそ行き」に着替えてくれていた。これでまた感激。

横顔

しばらくいろいろな話をした後、馬さんが「調子はどうだ?」みたいなことを僕に尋ねた。八朝師匠の女将さんの葬儀のことなどもあり、「哀しいことが続くし、仕事もけっこう厳しくてビンボーです」てなことを答えた。すると、馬さんが初めて見せる厳しい顔つきになり、こう言った。

「ホシノセンセイ、それいけない。ダメダメ。ワタシ、朝も祈る。昼も祈る。夜も祈る、だからシアワセ。センセイとワタシ、トモダチ。ナカヨシ。みんなシアワセ」

それはきっと、悲観的で後ろ向きなことを言うと、自ら運気を逃がし、シアワセを逃がしてしまう。幸せは自分で捕まえに行くものだ。そんなことを伝えようとしてくれたのだ、と僕なりに理解した。僕は馬さんに叱られた。

「馬さん、わかったよ。ありがとう」

馬さんは見せたことのない厳しい顔つきから、いつもの柔和な笑顔に戻り、自分で言ったことに照れたような様子で、ボクサーのような、太極拳の使い手のような、両手から素早くパンチを繰り出す仕草をした。この数日、ずっと耳鳴りみたいにじくじくと続いていたやるせなさ、哀しさが、少し癒されたような気がした。

連続1

連続2

連続3

僕は馬さんに救われた。
そして僕の中で、また、馬さんの存在が大きくなった。

ポートレート

ホッピー仙人が札幌にやって来る!


6月の上京は思いもよらぬ哀しい出来事に見舞われてしまった。
予定も見事に変わってしまったのだけれど、葬儀の合間に気を取り直して、5月連休中は休業していて会えなかったホッピー仙人へ。

三ヶ月ほど前に仙人でお会いして、後に葉書をいただいた常連のNさんがすぐ後から現れた。遅れながらも返事を書いたのに、それをまた出しそびれており、ずっとバッグにしまい込んでいたのだ。幸い、と言うか、その葉書をその日持っていたので、言い訳めいてその旨を告げると、横から仙人が、
「じゃあさ、せっかく切手も貼ってあることだし、仙人郵便局に投函して、仙人の消印付きで仙人からNさんに配達しよう!」と面白いことを言って、僕の葉書の切手に判子を捺して渡してくれた。

仙人には7月11日の僕がプロデュースしている吉田類さんのトークショーのチラシを手渡しする。
「仙人来てくださいよぉ」と駄目もとで言うと「あ、行きますよ。もう予定組んでありますから」とあっけないほどの快諾の返事!
ホッピーの師匠のお言葉に僕が小躍りしたのは言うまでもない。

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ふと、常連の女性が飲んでいた、見たことのない珍種のホッピーが目についた。こ、これは? 
「サンザシホッピーです。サンザシのリキュールを使ってます」
僕は中国のサンザシに目がないのだ。こりゃまた凄いホッピーを仙人ったら! 僕も同じものを所望した。美味い! アルコール度数は低いけれど、赤味がかった色合いがまず美しく、酸味が効いて洗練された素敵な味わいだった。

ちょっと遅いけれど、これから中華街へ繰り出すんだ。今からでも間に合うのは、朝7時から夜中の3時までやっている馬さんの店しかない! と僕が言うと、馬さんの店をNさんもよく知っている様だし、仙人に至っては、以前取材された番組の同じ回に馬さんも登場していたんですよ、てな話の展開になり、その時の番組録画をみんなで鑑賞することになった。

番組で紹介された馬さんの年齢から察すると、もう6、7年前に放送されたものらしいけれど、馬さんが自ら中華鍋をふって特製チャーハンを披露していた。

猛烈に馬さんに逢いたくなって、みなさんにご挨拶して仙人を後にする。

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仙人、7月、札幌で!!




古今亭八朝師匠と女将さん3



翌朝、帰り荷物をガラガラ引きずって同じ斎場を訪れた。
小雨の中、告別式は粛々と続いた。出棺の前、喪主挨拶で初めて古今亭八朝師匠が参列者に向かって挨拶をなさった。

「6月3日、藤山直美さんの舞台を乃理子と一緒に観て、腹を抱えて二人笑いました。その後お客さんと一緒に会食しているときも、乃理子はとても楽しそうで、いつものように機嫌良くお酒をいただいておりました。

日が変わった4日の午前零時半頃、僕の運転で帰宅して、駐車場に車を置いて歩いて家に向かっているとき、後もうわずかというところで乃理子が僕にしなだれかかって来て、そのまま二人とも転んでしまいました。その時乃理子は『酔っちゃったぁ!』と言って、にこぉっと笑ったんです。…… それが最期でした」

女将さんが起き上がれないので、師匠が背負って家の中へ。女将さんの意識がなくなってしまったので慌てて救急車を呼んだけれど…。

「乃理子は生前、ぽっくり死にたいとよく冗談で話していました。もしも私がそんなことになったら、救急車を呼ぶのを10分だけ待ってと。10分待ってから救急車を呼んだら、それから来るのにまた10分。それで私は植物人間になったりせずに、ぽっくり逝けるから。お願いね。乃理子はその通り実現してしまいました。ある意味大した死に際だったと思います。ただし、私を残して…」

持病を持っている師匠をあらゆる意味で支えた女将さんだった。
薬の世話からスケジュール管理、仕事先では付き人やマネージャーの役割もこなしていたのが乃理子さんだった。

誰もがこの先の師匠のことを案じていた。
わずか四年と二ヶ月しか一緒にいられなかったお二人。
通夜の晩、僕が、いつも師匠の運転でハシゴさせてもらって、僕と女将さんが飲んだくれてましたよね、と言ったとき、師匠は、
「でもね、乃理子がいなかったら俺は飲みに行けなかったから」

まったくの下戸なのに、師匠は酒の席にいるのが大好きだった。
今まではただそう思っていた。でもそれは「乃理子さんと一緒にいる酒の席」というのが正しそうだ。きっと師匠は、乃理子さんが嬉しそうに酒を飲んでいるのを見ているだけで幸せな心持ちになれたんだ。そうに違いない。

師匠の喪主挨拶は、乃理子さんとの幸せな日々への感謝の言葉で締めくくられた。

合掌。



古今亭八朝師匠と女将さん2



古今亭八朝師匠の奥様、乃理子さんの通夜は荒川の土手の間際にある斎場で営まれた。僕は昨春に浅草橋の酒場で知り合い、落語が大好きというので八朝夫妻に引き合わせたハギワラケイと共に通夜に出向いた。僕は急きょ購入したユニクロの黒のジャケットとパンツを身にまとい、セブンイレブンで購入した黒のタイと香典袋を斎場へのタクシーの中で準備した。

通夜では読経と焼香以外の一切の式次第はなく、焼香を終えた順に、二階に用意された酒席でそれぞれが追悼する形だった。八朝師匠と「同期」で、自ら“落語も出来る小説家”と名乗り、本当に近いうちに直木賞を取るとの下馬評の高い立川談四楼師匠が夫人を伴い、後から僕らの隣に座った。談四楼師匠には随分何度もお目にかかっていて、次々現れる芸人さんや関係者に「あ、こちらわざわざ北海道から参列しに来てくださったホシノさんといって…」なんてご紹介してくださる。

また、ビールだ酒肴だと忙しく立ち働いている女性の一人は、古今亭一門の唯一の女性にして、古今亭志ん朝師匠の死に水をとったという、マジックの大御所 松旭斎美智ねえさんだった。2004年から3回足を運んだ「大江戸小粋組」でも中心的役割りを果たしていた方であり、当時美智ねえさんが経営していた神楽坂の「今夜」にも何度か八朝師匠に連れて行っていただいたことがある。

昨年8月にハギワラケイと八朝夫妻にお目にかかった時は、浅草千束の僕の定宿に集合で、師匠が車で迎えに来てくださり、そのまま上野のもつ焼き屋で一杯。芸人さんがよく集まる店ということで、そこでは桂才賀師匠に紹介された。しばらくすると「ホシノさん、ちょっといいカラオケ屋があるんだ」ということで、再び師匠の運転で赤羽に向かったのはまだ陽の残る時間だった。ひとしきり四人で歌うと「浅草まで送るよ」。

その晩はそのまま散会とはならず、浅草の中華料理屋で三たび飲み始める。八朝師匠が呼び出したのか、上野から仕事に出かけた才賀師匠が再び登場。さらには弟弟子にあたる古今亭志ん馬師匠も現れる。その女将さん連なども加わった頃には僕はすっかりいい気分になっており…


斎場の二階は、遅れて来た芸人さんたちで席が足りなくなったので、僕とハギワラケイは早々に退席する。階下では先ほどの斎場の棺の前に八朝師匠がいた。いつの間にか談四楼師匠もそこにいて、僕を手招きする。特別ご夫妻に関係が近しい人が女将さんのお顔を拝んでいるようなので、僕は引こうとしたけれど、会ってやってとどなたかがおっしゃった。

眠るように、という表現があるけれど、女将さんの顔はむしろ微笑んでいた。いつもの眼鏡をかけていないそのお顔を、どなたかが、女将さんてこんなに奇麗だったっけ、とため息をついた。親しみやすさを出すために、眼鏡で美しさを抑えていたんじゃないか、と推測する人さえいた。

師匠と目が合った。
「ま、ともかく、来月札幌行くから」
この晩会った誰もが、師匠からの一報が淡々と事務的だったことを話していた。この言葉もそんな感じだった。僕は思わず、
「女将さんも一緒に来て欲しかったですねえ」と言ってしまった。
師匠は言った。
「そうだよな。でもさ、乃理子は誰からも愛されて幸せだったよ」。それを受けて僕は「女将さんみたいな人を嫌いな人がいる訳ないじゃないですか」と言いかけたのだけれど、おしまいの方は声がかすれて言葉にならなかった。

その瞬間、目の前の師匠の眼から大粒の涙がぽたぽたと流れ出した。いや、ザーザーと言った方が正確かもしれない。凄く口惜しそうに顔をゆがめて、遺影の方を振り返りながら何かつぶやいた。それもほとんど言葉になっておらず、嗚咽がひとしきり続いた。その晩師匠の涙を見たのはそれが初めてだった。僕は師匠を泣かせてしまった。


古典酒場の倉嶋編集長。

古典酒場表紙

『古典酒場』という素敵な雑誌があって、僕は創刊号から愛読しているのだけれど、吉田類さんの酒場放浪記のムック版とでも言うべき特異な編集内容で、よくぞこんな偏った! と密かに賞賛を贈っていたのだ。だってこんな雑誌、ほかにどこにもないよ。

念ずれば叶うというものか、昨年11月には小樽で吉田類さんと出逢い、今年2月には『古典酒場』編集長の倉嶋紀和子さんが、わがもっきりバルのことを書いた僕のブログに書き込みをしてくださった。

さかのぼること12月には、類さんのご紹介で赤坂のホッピービバレッジさんを訪ねて、北海道でホッピーを売りますと宣言して来た。
そして来たる7月11日(日)には、札幌の共催ホールでこのお三方と、さらに類さんの句会常連にして重鎮のエッセイスト坂崎重盛さんも交えてトークショーを開催することになった。僕が言い出しっぺである。すべてひとつながりのご縁によるもの。ありがたい。

このイベントのチラシの制作過程で、主役の類さんの写真だけが入ったラフ案をお見せして、ここにみなさんの写真も掲載させていただきたいとお願いした。それを受けた倉嶋編集長からのメール本文には、まず、僕が類さんと出逢った日に撮影した類さんの写真の表情をとても褒めてくださっていた。そして、私のはこれを、と添付してもらった写真を見て僕は感動した!

編集長

うひゃあ。こ、これはただ者ではない。やるなあ。惚れたぜ。
という訳で、お顔だけで使わせていただくのがもったなく、この機会に写真の全貌を初公開させていただく。もともと広報用のチラシ、ポスター用にということで預かった写真なのでお赦しくださるだろう。

6月4日付けの編集長のブログにも、われらが7月のイベントについて書いてくださっているのでアクセスしていただきたい!

http://ameblo.jp/kotensakaba/day-20100604.html



古今亭八朝師匠と女将さん。



昨日電話が鳴った。七月にわがもっきりバルで一席お願いしている噺家の古今亭八朝師匠からだった。

師匠とは長い付き合いだ。
東京の広告屋時代にサントリーさんのイベントの司会をお願いしたのがご縁で、僕の台本、進行でずいぶん現場をご一緒した。それ以来だからかれこれ20数年も以前にさかのぼる。ただ、1992年に僕が発作的に北海道に移り住んでからはご無沙汰していた。6年ほど前、北海道でもっと気楽に落語を楽しめる催しを開催したい! と考えたとき、自分には強い味方がいたことを思い出した。

15年ぶりにもなろうというのだから、現在の連絡先が分からない。落語協会にメールで問い合わせたら、数日後,いきなりご本人から事務所に電話がかかって来た。

「なんだよ、突然いなくなっちゃったと思ってたら、北海道だって!? びっくりしたぜ。あんたにゃ世話になったからなあ。今度は北海道で門戸開いてよ!」

その年、2004年に、師匠の師匠、古今亭志ん朝さんの意思を永六輔さんが引き継いだ形で旗揚げした『大江戸小粋組』の公演を、八朝師匠のお誘いで国立演芸場に観に行ったのが久しぶりの再会だった。

その後、「古今亭八朝と仲間たち」と題するホテルのディナーショーで、師匠やいっこく堂さん等と北海道での仕事が実現した。

落語家なんて言ったら、みんなしょうもない飲ん兵衛かと思いきや、意外や八朝師匠は下戸なのだ。そのかわり奥さんが飲み助で、ディナーショーの後に新富良野プリンスホテルのラウンジで、横濱にぎわい座の高座の後に怪しいOKAMAバーで、上野の渋い酒場からカラオケ屋まで…都内ではいつも大真打ちの八朝師匠の運転ではしごさせてもらったものだ。師匠はジュースで僕と女将さんがワインやら日本酒やら何でもござれ。師匠と女将さんはいつも一緒だった。


昨日の電話で師匠はまず、こういった。
「7月の北海道の件でご相談なんだけどさ。あのね、驚かないでね」
なんだか僕は息をのんだ。
「昨日の午前零時40分に、女将さん亡くなっちゃったんだ。突然倒れてさ、救急車で運ばれてさ…」

あまりの衝撃にそこから先はほとんど覚えていない。
師匠はたんたんと、もちろん女将さんも同行するはずだった北海道の仕事について、女将さんの代わりに身の回りのことを手伝ってもらう前座さんを連れて行こうと思うのだけど、と事務的に話していた。

師匠の話を聞く代わりに、僕の頭の中では、つい先日師匠が言っていた「いくつかの仕事の合間に、時間が作れるようだったら、カミさんが旭山動物園に行きたいって言ってるんだ。カミさんは北海道が大好きだからさ、すんごく楽しみにしてるんだ」という言葉がグルグルしていた。

僕は話の終わりにようやく通夜の日時と場所を聞き出した。
何か言わなくちゃ、言わなくちゃ、と思いながら言葉が見当たらず、口をついて出るのは、ただ「すみません、すみません」だけで、意味が分からない。

師匠、すみません。
こんなときの大人の挨拶も出来ず。
本当に情けない。

吉田類さんの句会で上京しているのだけど、日程を延ばして8日の通夜だけは参列しようと思う。


吉田類さんの講演会について。

5:27道新

先週27日木曜日、北海道新聞朝刊にでかでかと載っちゃいました。吉田類北海道進出!
思えば昨年の11月14日にわが町小樽で吉田類さんとめぐり逢って半年。まさかこんなことになるなんてなあ。そんな感慨がある。

私の事務所のホームページにかつてこんなことを書いた。

  自分がやりたいことと、生業が一致している幸せな環境を突き詰めていくと、
  大組織から少数精鋭へ、大都会から自然の近くへと、
  知らず知らずのうちに向かってしまうのだった。
  横濱から小樽に移り住んで18年。同じ人と出逢っても、東京で出逢うのと、
  北海道で出逢うのでは、北の国の方が互いに鎧を脱いでいるようで、
  意外な方と思わぬ深い付き合いになったりもするのが嬉しい。
  そうした邂逅が、生活の仕事の原動力になる。
  これからどれだけのめぐり逢いがあるのかと創造するだけでわくわくしてしまうのだ。

7月11日の類さんの札講演会に向けて、昨日も何度も、合計で二時間くらい東京の類さんと話した。
実は昨6月1日は類さんの61歳の誕生日で「ロクイチロクイチ」だった。
昨年の還暦の誕生日に、僕はまだ類さんと知り合ってなかった。昨年7月の入谷朝顔市の晩に根岸の「鍵屋」さんで偶然相席した「ニュー王将」の飯田夫妻から、彼らの店が類さん御用達だと聞いたのは、僕がニュー王将に通うようになって以降だったけど、類さんの還暦の祝いをそのニュー王将でやったのを聞いたのは、11月14日の小樽の講演会でのことだった。

おかげで僕は講演会の質疑応答で類さんにニュー王将のことを質問したし、講演終了後に類さんから話しかけて来てくれて、その後そば屋薮半で開かれた句会に飛び入りしたことからすべてが始まったのだった。

チラシ0525

今回僕が企画した札幌共催ホールでの講演会のチラシ写真は、小樽の晩に句会も含めて11時間もご相伴した挙げ句、「餃子にビール」を所望した類さんと行った最後のラーメン屋さんで僕が撮ったものだ。
われながら、類さんの表情がとても気に入っているし、7月の講演会のゲストである『古典酒場』の倉嶋編集長からもお褒めをいただいた。ただ、類さんはこのときの餃子が記憶にないらしいのだけれど…

という訳で、今後も7月までに折に触れて、宣伝も兼ねてこの講演会のことを書いていきたいと思う。

●チケット&問い合わせ/(有)風の色 企画制作部 011-612-3152//平日10:00~19:00




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