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2021-04

旭川の夜2

三四郎1


酒を飲まない男なら、
ラーメンを食べたら宿に帰ればよろしい。
それなのに、ボクは再び徘徊を始めた。
どうしても、「あの店」の、炭火を操るご主人込みのカウンターの風情やら、日本酒通の和服の女将のしゃきしゃきっとした物言いが脳裏を支配してしまい、一度はホテルの入り口の前まで戻ってみたり、遥か遠回りをして歩き回った挙げ句、ゆらゆらと店の前までやって来てしまった。




酒を飲まなくとも、酒飲みは夢想がちである。

もしもこのまま店内に足を踏み入れたとする。
まず女将が気づいて「あら、おひさしぶりね」なんて声をかける。
作務衣とヘアバンドが似合う、炭と一体化した炭坑夫みたいな顔色の、一見強面(こわもて)の主人が、白い歯を浮き立たせてニッと笑って迎えてくれる。ご主人の妹さんだという仲居さんは、ボクと誕生日が一緒である。彼女がまず、ボクに訊ねる。
「お飲物は?」
ボクは彼女には申し訳ないけれど、
「ちょっと考え中」などと言ってタイミングをずらしてしまう。
ボクは、自分の「身の上」を話して、女将の指示を仰ぎたいのである。
女将と目が合って、こちらにやって来る。
「あのね、実は少々訳ありで、今日まで約一ヶ月一滴も飲んでないんだ。ほんとは今日だって飲まないにこしたことないんだけど、たった一杯だけ、絶対一杯だけで立ち去るので、そんなときに飲む酒を女将さんに選んで欲しいんです」
「あらら、どこが悪いの? 内蔵? 痛い風? あちゃ、じゃやめなさい(笑)。そうねえ、だったら度数が低めの体に優しそうな奴、あの例の『風のささやき』にしましょうか」
「あ、はい!」

三四郎2


こちらの突き出しは正油味の大豆のみ。これがまたいい感じなのである。
箸袋には、ひとつひとつ違う「ひと言」が、墨文字で手書きしてある。

かつて胃腸で入院したとき、絶食が解けて水みたいな粥から始まって、だんだん普通食に近づいていくと、やっぱりこうやって、大切に大切に粗食に時間をかけていただくことを忘れちゃいけないよなあ、なんて、珍しく殊勝にしみじみしたものだった。よし、これからは必ず一食に30分はかけよう! 強く心に誓うのだけど、退院した瞬間から忘れてしまっている。

そんなことをゆるゆると思い出しながら、ボクはたった一杯の酒を、なんのつまみもとらず、これが生涯最後の一献のようにゆっくりと時間をかけ、走馬灯を遊ばせながらたしなむのである。
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