FC2ブログ

2021-04

おだやかなバレンタイン。

ぎり


毎年2月の14日はいつも朝からそわそわしていた。
団地の階段。通学の道々の曲がり角。学校の下駄箱。
いつでも誰からでも「受け取る」ための心の準備をしていた。
授業が終わるともうその日は折り返しに入ったも同然だけれど、放課後の校庭から自宅に帰り着くまで、いつも勝手に予感にうち震えていた。
むろん、現実はそううまくはいかないものだが、それでも高校生くらいまでは、いや、大学のはじめ頃までなら、浮いたバレンタインもなかった訳ではない。

これが就職してからというもの、めっきり勝利することも少なくなったのだが、それより何よりその頃から、ボクが幼少の頃には聞いたこともない「義理」という概念が登場したのは実に不愉快である。

大人になると、たいていの人はお菓子業界に踊らされているだだのイベントと納得するのだろうが、そう納得している人のほとんどが、義理以上のめぐり逢いに恵まれてこなかったような気がしてならない。世の中にはやはり、かつてバレンタインエリートと落ちこぼれが明確に存在していたのである。

義理なんとかはその「格差社会」を曖昧にした、という意味においては救世主なのかもしれない。そして、単価はともかく、むしろ数量でははるかに本命をしのぐ個数を売りさばくことに成功したのだから、その業界の方々の企画力には頭が下がる。

でも思うのである。義理チョコは、中年と呼ばれるまでただの一度もチョコをもらった経験のないおやぢ様に、いまわの際の心温まる想い出を与えたかもしれない。でも、まったく遊びを知らずに齢を重ねて来た世慣れない堅物が、悪いオンナにうつつを抜かして役所の金を使い込んじゃったりするように、義理チョコの意味合いをとらえきれずに、身を持ち崩したりする清廉な人もいるのでは、と少々気にかかる。真の愛情もないのにこんなものをよこすなんて失礼ではないか! と激昂するようなまっとうな人物が、遊び心のないつまらん親父という評価をくだされるのもやるせない。

義理チョコは、昔確かにあったはずの2月14日の緊張感をあまりにも無粋に奪い去った。せめて義理というネーミングは何とかならないのか。「感謝○○」とか「信頼○○」とか「世界で二番目○○」「友達以上恋人未満○○」とか…、本命以外のすべてを義理でくくらずに、もう少し仕分けの細分化を望みたいものだ。

けれど一番情けないのは、
なんだかんだといいながら2月14日に手ぶらはせつないので、どういう素性のものであれ、やはり一個くらいは持ち帰りたいものだ。と、もともと男四人しかいないささやかな事務所の、他の三人が出払った留守を守りながら、ひそかに舌打ちしている自分のようなオトコだろう。

スポンサーサイト



● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://azumashikikuni.blog16.fc2.com/tb.php/181-508c8a74
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

小樽雪あかりの路 ~ みのかさやの想ひ出1 «  | BLOG TOP |  » 夜更け。

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

プロフィール

azumashikikuni

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

全記事(数)表示

全タイトルを表示