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2021-04

ビコスの朝。

ビコス

25年前の2月から3月、大学卒業の直前、僕は40日間かけてヨーロッパを歩いた。ロンドンを皮切りにアムステルダム、パリをめぐった旅の序盤戦、奇妙な体験をした。

日曜日の朝。エッフェル塔にほど近い道ばた。高級車から降り立った背広の紳士がイタリアなまりの英語で僕と相棒に話しかけて来た。

「自分は今、シャネルのファッションショーに出展して、ミラノに帰る途中である」と車の後部トランクを開けてみせる。そこには、ビニール袋に包まれた、いかにも高価そうな新品とおぼしき革のコートやブルゾンが詰まっていた。

「私はご覧の通りリッチマンである。だが今日は銀行がどこも休みだ。不幸にも現金の持ち合わせがなく、トラベラーズチェックも換金できない。だから、ガソリンを入れることも、食事をすることも出来ない。むろん、この私がただお金を恵んでくれとか貸してくれとは言わない。ここにある素晴らしいデザイン、最高の革製品を格安で買ってはくれまいか?」

よく晴れた日曜の朝。そびえるエッフェル塔。巴里のイタリア人。なんというシチュエーションだ。半分眉につばをつけながらも、これから続く旅に於いても、こうした場面からすべて逃げ出していては、危ない目にも遭わないかもしれぬが、激しい感動やきわどい体験にも出逢えないのではないか? 仮にこれが詐欺まがいだったとしても「現物」は手元に残るではないか。しかもこの品々は、素人目にもいかにも so expensive!

結局、僕らは同じ革でしつらえた、「シャネルのショーにも出品した」コートとブルゾンを彼から「購入」した。ブランド名は Vicos! 金額はよく覚えてはいないが、凄まれたり値切ったりの応酬の挙げ句に、日本円で2万円程度だったろうか。

背広の紳士は「こいつをまともに購入したら $5,000 はくだらない。君たちはなんてラッキーガイなんだ!」と、自分はまったく大損だと言わんばかりに真顔で言った。

ビコス氏と別れた後、僕と相棒はエッフェル塔をバックに「戦利品」を着て記念撮影した。その先の旅を身軽に過ごすために、郵便局から安い see mail で日本に送った。

帰国後、横濱の税関から電話が来た。
貴殿が巴里から送った衣類に、高額な関税がかかる可能性があるので、横浜港で止まっている、と。残りの旅に熱中して忘れかけていたビコスが、ふたたび僕に衝撃をもたらした。

ずいぶん壮大な時間を経て、ようやくビコスを手にした僕は、知り合いの洋服屋に「鑑定」を依頼した。税関が目を留めるくらいだ、相当な逸品に違いない。ところが洋服屋は、わがビコスにほんの少し目を向けただけで、ちょっと申し訳なさそうな、すこし咎めるような口調で言った。

「ホシノさん。これに幾ら払ったの? 5,000円でも高過ぎる。正直これ革じゃないどころか、合成皮革ですらない。ほれ」

彼はコートの裏から小さく生地を採取して、100円ライターの火を近づけた。生地はチリチリと丸まりながら、手品を見ているような塩梅で溶けるように消失した。よくよく見れば、縫製はゆがみ、ダブルの合わせが笑っちゃうくらいにずれていたりとお粗末な部分が分かって来た。でも、すくなくとも洋服のカタチをしていて、着ることはできる物体なのだ。

なんと手の込んだことを、ビコス ! !

結局、高額な関税を支払うことはなかった…。


その旅から四半世紀。
横濱から小樽に移り住んで16年。
垢のように溜まり始めたがらくたを処分していて、久々にビコスとご対面した。相棒は、僕のそんな鑑定を知らずに、父上の誕生日に Vicos をプレゼントしていたらしい。

巴里のイタリア人、今いづこ…。



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