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2021-04

筑紫 哲也さんとジョン・ルイス。

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朝日新聞の記者だった筑紫哲也さんを、初めてテレビに引っぱり出したのは、東京時代の僕の古巣の広告代理店の社長(のハズ)だ。(1978~テレビ朝日『こちらデスク』)
だから僕の古巣は何かと筑紫さんと交流が深く、僕も二回ほどお逢いしたことがある。一度は、新しい番組企画で先輩と一緒に筑紫さんの赤坂の事務所にお願いごとに行ったとき。

もう一度は、MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のジョン・ルイス(ジャズピアニストの神様みたいな人)が、バッハを弾いて世界を震撼させ(日本のレコード会社の企画)、僕の先輩が、彼の日本でのバッハコンサートをプロデュースした時のこと。

全国縦断ツアーの最終日がサントリーホールで、同じアークヒルズにある、カフェコンチェルトで行われた打ち上げに僕も参加していたのだけど、社長がジョン・ルイス ファンの筑紫さんに声をかけて、彼も出席していた。

ごく内輪だけのアットホームな宴で、筑紫さんはジョンへの敬意を込めて乾杯の発声をしたと思う。『知的』とはああいう感じを言うんだろう。物腰柔らかく、笑顔が素敵で、二言三言お話しさせていただいて、僕もすっかりファンになってしまった。

その晩は、偉大なジョン・ルイスと同じ時間を過ごせるだけで感動的だったのに、筑紫さんも加わって、僕の感動は二乗された(残念ながらジョンルイスは、2001年に80歳で亡くなった)。

筑紫さんの突然の訃報に触れて、ふと、かの小宴を思い出した。あの晩、僕を感動の二乗に誘った音楽家とジャーナリストは、これで二人とも故人になってしまった。

筑紫さんの死を告げる番組を眺めながら、僕はこの週末、久しぶりにジョン・ルイスの 『プレリュードとフーガ』を引っ張り出した。

キース・ジャレットのチェンバロのバッハを聴いた時、どこからあのケルン・コンサートのインプロビゼーションのような展開になるのかとわくわくしながら、最後までとことん「クラシック」であり続け、ある種落胆しながらも驚愕したのに対し、

ジョン・ルイスは、同じく正統クラシックに始まりながら、まばたきの間にふらり揺らいだかと思うと、すこしもジャズ・ピアニストの古老をきどることなく、あくまでやさしく知的に、どちらにも加担し過ぎることなく揺れ続ける。いつの間にか「境い目」は判然としなくなり、あまりの心地よさに身もココロもゆるゆると溶け出してしまいそうだった。

今まで知らなかった種類のおだやかな感動を覚えながらも、それは驚嘆とか驚愕というような激しいものとは違っていた。

久しぶりに、ビールでもワインでも焼酎でもなく、
まして毎日愛飲のホッピーでもなく、
ウイスキーが飲みたくなった。

筑紫さんへの レクイエムに
ジョン・ルイスのバッハを聴きながら




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