いとしのホッピー仙人。

野毛山幼稚園という名門?を卒園したくらいなので、物心がついた頃の僕の最初の地元は横濱野毛なのである。
生まれたのは神戸だけれど、横濱市立本庁小学校、横濱市立吉田中学校、横濱市立櫻ヶ丘高等学校と、筋金入りの濱っ子だぞ。
野毛のはずれの川沿いの一角に『都橋商店街』という不思議な二階建ての集合店舗があって、さらにその先のソープランド街と伊勢佐木町商店街を抜けて吉田中学に通った。
『都橋商店街』は、昭和39年開催の東京オリンピックを理由に、町並みの格好づけで、野毛本通りをよそ行きに見せるために露天商や屋台を押し込んで作ったというだけに、僕にとっては子供の頃からかなりあやしく魅惑的な場所だった。
横濱人にはなじみの深い大岡川にかかる都橋と宮川橋の間の川沿いに、居酒屋を中心にした小さな店60件が一階と二階にぎゅっと集まっている様子を言ったのか、別名「ハーモニカ横丁」と呼ばれるのだそうな。
ホッピー仙人はその都橋商店街の宮川橋寄りの二階にある。
5、6年前から、上京の折りに時間があると顔を出して来た。
同じ野毛の焼き餃子発祥の店『萬里』は、それこそ野毛山幼稚園の頃から通っていたし、18年前に小樽市民になってからもけっこう足を運んでいるけれど。
ホッピー仙人はホッピーしか置いていないホッピーのショットバー。全国に名をとどろかせるホッピーの聖地なのだ。カウンターのみ7、8席のこの店では、店主はマスターではなく、仙人と呼ばれる。ここに来ると稀少な生ホッピーが飲めるし、これまで聞いたこともないような仙人のオリジナルレシピによるホッピーに出逢える。

12月5日土曜日。僕は羽田からホッピー仙人に直行した。
その日は土砂降りの雨で、午後7時の開店まで、コンビニエンスストアで購入した傘をさしながら、大岡川の水面に映る都橋商店街のネオンを眺めていた。
ジョッキ、焼酎、そしてホッピー。その三つをキンキンに冷やして氷は入れない。これぞ『三冷』、ホッピーの極意なのだが、その晩仙人に薦められて試したのが「ぬくっピー」と名付けれた仙人オリジナル、ホットホッピーだった。度肝をぬく『三温』のホッピーは冬季限定で、今シーズンはあなたが口開けだと言われ、所望した。

この店を尋ねて何度目だったか、貴重なホッピーのシールに仙人がサインして僕にくれた。
『星野様、ホッピー最北端として確認しました。
2005.3.30/ホッピー仙人』
今度風の色ではじめる酒場では、とりあえずビールならぬ、
『とりあえず、ホッピー』で行きたいと考えている。
生ビールはあえて置かず、北海道にはなじみの薄いホッピーの発信基地を志願しようと。だから、仙人に仁義を切りに来た。
そう伝えたら、そんなにあまいもんじゃないよ、とか言われるかもしれないと実は思っていた。でも仙人は「そりゃあ楽しみだなあ。落ち着いたら仙人を呼んでよ、飲みにいくから」と言ってくれた。
ぬくっピー?
それがめちゃくちゃ素敵だったんだ。
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