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2021-04

狸小路新年会と羅臼の阿部さん。

海老

十二月二十六日、札幌狸小路六丁目に酒場を開いた。
その時から僕は狸小路六丁目町内会の住民になった。
あれよという間に一ヶ月が経過した一月三十日土曜日に、その町内会の新年会に出席した。同じ町内会のサンルートホテルの二階にある中華レストランが会場だった。

僕が横濱から移住して小樽市民になってから約十年ほど、僕の友人菊浦史さんが経営する新宿御苑のアウトドアショップ Largo 面々がスノーボードツアーで訪れたときに定宿にしていたのがこのホテルである。だからこのホテルには友人たちの送迎や彼らの部屋飲みに乱入したりと少なからず想い出がある。

かつては行き交う人々とぶつからないことにはすれ違うこともできなかったという狸小路も、日本全国の商店街と同様、年々シャッターを下ろす店が増えて来た。さらに近年の札幌駅前の元気にやられ、衰退の一途がささやかれていた。その中で昨今気を吐いているのが六、七丁目界隈であり、個性的な飲食店の進出に、少なからずにぎわいを取り戻しつつある様に見える。なかでも六丁目は、一丁目から八丁目までの狸小路町会の中で唯一テナントに空きがないというから心強い。

町内会長はわが『もっきりバル 風の色』のすぐ隣、この地で五十年も商売を続けている札幌新倉屋の斉藤会長が務めている。この日は同業者や写真館の旦那、美容室の女性、酒屋さん電気屋さん、不動産屋さん等々、老若男女の経営者が二十人ほど。最近加盟したという「シアターキノ」の中嶋洋さんもいた。

新参者としてご挨拶をさせられたり、円卓を回ってお酌しながら名刺交換をしたり、席に戻ってからは重鎮たちにやたらと紹興酒を薦められ、最近寝不足の僕は粗相なきよう、けっこう気遣いながら杯を重ねていた。あ、でもこの中華なかなかいけますよ。

にぎやか

二時間強が経過して、失礼ながら中座させてもらった。
今宵は広告屋時代の一番の先輩である吉田さんが東京から出張に訪れ、わが店に立ち寄ってくれるのだ。午後八時二十分頃、扉を開け、絶句。テーブル席も怪しい小上がりもびっしり満席なばかりか、立ち飲みのカウンター&丸テーブルも、もう一人だって詰め込むとは出来ないほどの空前のにぎわいを見せていた。信じられない光景だった。さらに次々にお客さんが扉を開ける。残念ながらお断りをせざるを得ない。いったい何組もの人を返してしまったことだろう。

吉田さんは小上がりで一杯始めていた。
オーナーとKAZが顔を引きつらせて人ごみをかき分け行ったり来たり。その中で店主たる自分が小上がりでお客さんをするのは、かなり気が引ける状況だった。先輩もかつての部下の店が、まさかこんなににぎわっているとは想像もしていなかったようだ。

事務所社長兼オーナーが注文を取りにくる。
心苦しくも黒ホッピーをオーダー。当店はとりあえず、ホッピーだ。ややしばらくして、一斗樽と酒林(杉玉)を提供してくださった造り酒屋、北の錦の小林酒造四代目の顔が入口にあった。開店のお祝いに自ら急階段を上って樽と杉玉を運んでくれた四代目が初めて客として奥様同伴で来店してくれたのだ。良かった。奇跡的に二人がけのテーブルが空いたところだった。

阿部さん

午後九時頃だったろうか。羅臼の阿部満晴さんが一足遅れでやって来た。昨年夏、吉田さんのセッティングで、K2の長友啓典さんやサンアドの松浦会長、長友さんがアートディレクターを務めるガーデニング雑誌の編集者らとご一緒して、倉本聰さんの富良野塾公演を鑑賞した。観劇後にくまげらの二階で紹介されたのが、知床は羅臼で釣具屋を営む阿部さんだった。

阿部さんが釧路の役場に勤めていた頃、さる高名な画家の水先案内をしたことがはじまりで、その魅力ある人柄とロケコーディネイター裸足の土地勘とセンスによって、「北海道に行ったら阿部に会え」という評判が画壇、文壇に広がったという。そうして釧路を訪れたひとりに開高健がいた。孤高の釣り人開高健を釧路川に誘い、イトウ釣りの魔力の虜にしたのは阿部さんだった。このときの出逢いが、後の『オーパ!』モンゴルのイトウ釣り紀行へと発展して行くのである。

巨匠倉本聰も阿部さんに釣りの指南を受けた。
北海道富良野を舞台に二十数年続いた国民的テレビドラマ『北の国から』の最終回が、突然羅臼のエピソードで大団円を迎えるのは、実は阿部さんの影響であるらしいのだ。

阿部さんの口からは文壇画壇の御大の名前や、編集者、マスコミ、開高健ゆかりの人々の話題が次々に飛び出す。開高健の命日やボジョレを楽しむ会となればその集いに呼ばれ、そうした関連でサントリーのトップはじめ、経済界のそうそうたる面々とも縁が深いようだ。齢七十にして忙しく日本中を駆けめぐる阿部さんが、商工会の会合などで札幌に来るたびにお電話をくださる。ケイジのルイベだのシシャモの薫製だの、海川の幸の調理人としても舌を巻く凄腕で、その晩も絶品活帆立を持参された。

特別にその帆立を僕らの卓袱台でいただく。
「いい帆立は庖丁をいれずに手で千切るんだ。
 庖丁を入れると味が落ちる」
その帆立を小林酒造四代目のお席にお裾分け。小林社長がわざわざ阿部さんに返礼に見えて、しばしのご紹介タイムの後、僕らもわが店を後にした。

もろはく

健康上の理由で一番好きな日本酒を控え、普段は焼酎をたしなむことの多い阿部さんと吉田さんを、私の切り札、日本酒のショットバー『もろはく』にお連れする。浜口店主の日本酒の造詣の深さに、うるさ型の阿部さんも感心してくれた様子で、

「これで札幌に来る楽しみがまたひとつ増えたよ。
 ホシノの店があんなに繁盛してるとは思わなかったし、
 俺をこの店に連れて来た、お前のセンスが気に入った」

夜も更けて、阿部さんがタクシーに乗った後、僕と吉田さんは倉本聰さんとも縁の深い、『カムバック・フォレスト』の神山慶子さんの店『ソワレ・ド・パリ』へ。久しぶりに彼女のピアノ弾き語りで、倉本聰作詞、宇崎竜童作曲の名曲を聴くことができた。

ライブが終了した神山慶子さんとしばしの歓談。午前一時を回った頃、手洗いに立った先輩を見届け、僕は『おおとも』に電話を入れた。「これからいいですか?」
風の色オーナーのごひいき寿司屋だ。
手洗いから戻った吉田さんが、小腹がすいたとひと言。ふふ、段取りにぬかりなし。東京時代、僕はこうした先回りを諸先輩方にずいぶん仕込まれた。道民になってからはかなりのんびりにしまったが…


そうしてこの夜の幕引きは、もう少し先のことになるのだ。


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