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2021-04

定年。



『誘いメシの想ひ出

  貴兄は背筋も凍る上司に出会ったか?

    誘い誘われ やがて半世紀 星野 惠介



社会人第一日目、所属する予定の部所の方々が開いてくれた新入社員の歓迎の宴が終了すると、四月一日以前からアルバイトで通っていた僕だけ、その日部長と課長に昇進した二人の上司にそのまま拉致された。

新宿二丁目の、背徳の匂いがする I という店を出ると、新課長もどこかへ消えてしまい、テラさんという役者が営んでいる『火の車』という小さな居酒屋で、いきなり僕は部長とサシで向かい合っていた。明け方近く、新部長の「これからお前はどうするんだ」の問いに考えもなく、会社で寝ますとだけ告げたら、タクシー代を渡された。

社会人の第二日目は、だから新しいデスクに突っ伏した状態で始まった。

 

新課長は胃が痛くなるほど社会人のしきたりを僕に教え込んだ。外出先からタクシーで一緒に会社に戻り、支払いをしている彼に礼を言わなくてはと車外で立っていると、なぜ一足先にエレベータのボタンを押していない、と叱責された。接待の席、少し酒が回って椅子にもたれていた僕の背後から、トイレに行きしなに彼の肘打ちが秘かに飛んで来た。新米なりに二軒目へ行くのだろうか、と気をもんでいたら、なぜタクシーを呼んでいないのか、となじられた。日常業務の「ほうれんそう(報告、連絡、相談)」の重要性や、ご接待でも送別の会でも、それは主役のための宴席なのであって、仲間内で話にふけるなとか、そういうことを仕込まれたのはすべてこのS課長からだった。



毎日夜遅くまで上司にふられた仕事をこなし、ようやく自分の仕事に手が付けられる頃になると、主任クラスの先輩から「おい、メシ行くぞ」と声がかかる。この場合のメシとは、食事というよりも酒を飲む色合いが強いことが分かってくる。こうなると今夜の寝床も会社のソファだなと覚悟を決める。



花見の場所取りは新入社員の役どころという風潮はその頃すでに薄れていたけれど、櫻狂いの僕は毎年毎年、会社から近い花見スポットに宴席を設えた。

ある年、花見の予定の日は朝から雨で、件のK部長が僕に申し訳なさそうに「これじゃさすがに今晩は無理だから、せめて飲みに行くか?」を声をかけてくれた。でも僕には秘かな計画があって、騙されたと思って午後7時、いつものJR四谷駅近くの土手にいらしてください、と豪語した。

会社ご近所の仕事仲間、キャンプ仲間からアウトドアグッズをごっそり借りて、普段は花見客でごった返すのに、終日の雨でさすがに人っ子一人いない中央線沿線の桜並木に僕はタープを張り巡らせ、ガソリンバーナーの竃を作り、ランタンの灯りで櫻をライトアップして、屋根のある宴会場の一丁上がり。僕のお誘いに半信半疑、三々五々集まって来た連中も次第にこの非日常的宴席にのめり込んで大盛り上がり。気がつくとS課長は櫻の木に登っており、そんな姿が死ぬほど嬉しくて、僕の酔いは一気に加速度を増し、僕は記憶を失った。



広告屋の僕らの仕事で、僕が凄く好きだった女優さんを僕のクライアントの化粧品のCMに起用したことがある。その後、夏のとある日に彼女の(事務所からの)お誘いで、貸し切った屋形船の上で一緒に酒を飲んだ。暮れには彼女の誕生日を祝う事務所の身内の宴席に呼ばれた。調子に乗った僕は、彼女の目前で彼女のお祝いのために彼女の持ち歌を歌った。どちらもS課長が一緒だった。



今回、取材させていただいた放送局勤務の関川信明さんは、Sさんと同年生まれだった。夕刻のおでん屋小春から数件お伴させていてだいたのだが、もう一軒行くかという関川さんの問いかけに、小樽行きの終電には乗りたいと僕は告げた。その時関川さんに「君が僕の会社の部下だったら、ふざけるな、と言うところだ」と言われ、対談の取材を地でいく展開になってしまった。もう随分「組織」から離れていた僕は、関川さんとSさんを勝手に重ね合わせていた。

その晩は、札幌の事務所のソファで眠った。



入社からおよそ10年。発作的な亥(いのしし)の決断で、僕はこの広告会社を離れることになった。ベトナム料理の食事会のあと、K部長が二次会に選んだのは新宿二丁目の I だった。I はあの入社の日以来だ。

仕事で遅れて駆けつけてくれた連中も加わって、送別会はそれなりの人数にふくれあがっていた。怪しい噂なんかもあるその店は、むしろ体育会系的で健康的な盛り上がりをみせていた。厳しく叱られた上司が、一緒に仕事をして来た同僚が、「メシ」に連れて行ってくれた先輩が、みんな狂ったように踊っていた。S さんは首から外したネクタイを鉢巻のように頭に巻いていた。

その時、すうっと滑るように出口の扉に向かうK部長の姿が、狂乱の合間を縫って見えた。その後を追って店の外に出ると、K部長はそのままずんずん深夜の雑踏に向かって行く。「K部長!」僕は大声で叫んだ。一瞬、K部長の足が止まり、僕の方へ振り返った。一次会の終わりに富良野一本締めの音頭をとってくれた部長の顔は無表情で、二秒くらいできびすを返すとそのままネオンの向こうへ行ってしまった。僕は後ろ姿に頭を下げて見送った。

十五年前のことだ。』





三年前に雑誌掲載された僕の文章の採録だ。

数日前、携帯電話がなった。 

「海を越えると携帯の電波も途切れがちになるもんだねえ」 

名乗りもせずのひょうひょうと小粋な切出しは、19年前のS課長からだった。Sさんと話すのは何年ぶりだろう。しばしのよもやま話の後、この電話の用件がご自身の定年退職の報告であることが分かった。       Sさんの部下だった当時、彼と顔を合わせることを考えただけで胃が痛くなり、登社拒否したくなるような時期もあった。19年前にS課長よりも先にその会社を辞し、北海道に移住して以降、さまざまな場面で「あのころ言われたことの意味」を少しずつ理解出来るようになって来た。

足腰立たなくなるくらい否定されることはあっても、それは必ず二人きりの時に限っていて、僕の部下の前では決して僕の面子を潰すことはしなかった。そういう配慮の重みに気づいたのもずっと後からのことだ。

20年近く離れていたそのSさんが、「ほうれんそう(報告、連絡、相談)」の重要性を僕に叩き込んだSさんが、わざわざ僕の携帯電話番号を調べて、自分の定年退職を僕に報告してくれた。

おつかれさまでした。少しゆっくりしてください。あなたにはその権利が十分すぎるほどにあります。あなたは私の恩師です。


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