FC2ブログ

2021-04

古今亭八朝師匠と女将さん2



古今亭八朝師匠の奥様、乃理子さんの通夜は荒川の土手の間際にある斎場で営まれた。僕は昨春に浅草橋の酒場で知り合い、落語が大好きというので八朝夫妻に引き合わせたハギワラケイと共に通夜に出向いた。僕は急きょ購入したユニクロの黒のジャケットとパンツを身にまとい、セブンイレブンで購入した黒のタイと香典袋を斎場へのタクシーの中で準備した。

通夜では読経と焼香以外の一切の式次第はなく、焼香を終えた順に、二階に用意された酒席でそれぞれが追悼する形だった。八朝師匠と「同期」で、自ら“落語も出来る小説家”と名乗り、本当に近いうちに直木賞を取るとの下馬評の高い立川談四楼師匠が夫人を伴い、後から僕らの隣に座った。談四楼師匠には随分何度もお目にかかっていて、次々現れる芸人さんや関係者に「あ、こちらわざわざ北海道から参列しに来てくださったホシノさんといって…」なんてご紹介してくださる。

また、ビールだ酒肴だと忙しく立ち働いている女性の一人は、古今亭一門の唯一の女性にして、古今亭志ん朝師匠の死に水をとったという、マジックの大御所 松旭斎美智ねえさんだった。2004年から3回足を運んだ「大江戸小粋組」でも中心的役割りを果たしていた方であり、当時美智ねえさんが経営していた神楽坂の「今夜」にも何度か八朝師匠に連れて行っていただいたことがある。

昨年8月にハギワラケイと八朝夫妻にお目にかかった時は、浅草千束の僕の定宿に集合で、師匠が車で迎えに来てくださり、そのまま上野のもつ焼き屋で一杯。芸人さんがよく集まる店ということで、そこでは桂才賀師匠に紹介された。しばらくすると「ホシノさん、ちょっといいカラオケ屋があるんだ」ということで、再び師匠の運転で赤羽に向かったのはまだ陽の残る時間だった。ひとしきり四人で歌うと「浅草まで送るよ」。

その晩はそのまま散会とはならず、浅草の中華料理屋で三たび飲み始める。八朝師匠が呼び出したのか、上野から仕事に出かけた才賀師匠が再び登場。さらには弟弟子にあたる古今亭志ん馬師匠も現れる。その女将さん連なども加わった頃には僕はすっかりいい気分になっており…


斎場の二階は、遅れて来た芸人さんたちで席が足りなくなったので、僕とハギワラケイは早々に退席する。階下では先ほどの斎場の棺の前に八朝師匠がいた。いつの間にか談四楼師匠もそこにいて、僕を手招きする。特別ご夫妻に関係が近しい人が女将さんのお顔を拝んでいるようなので、僕は引こうとしたけれど、会ってやってとどなたかがおっしゃった。

眠るように、という表現があるけれど、女将さんの顔はむしろ微笑んでいた。いつもの眼鏡をかけていないそのお顔を、どなたかが、女将さんてこんなに奇麗だったっけ、とため息をついた。親しみやすさを出すために、眼鏡で美しさを抑えていたんじゃないか、と推測する人さえいた。

師匠と目が合った。
「ま、ともかく、来月札幌行くから」
この晩会った誰もが、師匠からの一報が淡々と事務的だったことを話していた。この言葉もそんな感じだった。僕は思わず、
「女将さんも一緒に来て欲しかったですねえ」と言ってしまった。
師匠は言った。
「そうだよな。でもさ、乃理子は誰からも愛されて幸せだったよ」。それを受けて僕は「女将さんみたいな人を嫌いな人がいる訳ないじゃないですか」と言いかけたのだけれど、おしまいの方は声がかすれて言葉にならなかった。

その瞬間、目の前の師匠の眼から大粒の涙がぽたぽたと流れ出した。いや、ザーザーと言った方が正確かもしれない。凄く口惜しそうに顔をゆがめて、遺影の方を振り返りながら何かつぶやいた。それもほとんど言葉になっておらず、嗚咽がひとしきり続いた。その晩師匠の涙を見たのはそれが初めてだった。僕は師匠を泣かせてしまった。


スポンサーサイト



● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://azumashikikuni.blog16.fc2.com/tb.php/498-5182e970
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

古今亭八朝師匠と女将さん3 «  | BLOG TOP |  » 古典酒場の倉嶋編集長。

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

プロフィール

azumashikikuni

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2 Blog Ranking

全記事(数)表示

全タイトルを表示