六月の馬さん。
いつも馬さんの店「龍仙」を訪ねるのは朝から昼にかけてなので、それなりに夜も更けての訪問では馬さんに逢えないと思っていた。
ずっと撮りっ放しで一度も渡したことなかったこれまでの写真をプリントして持参していたので、今回は逢えなくとも、それだけは渡して来ようと心に決めていた。ところがその晩馬さんはやっぱり店の外で外交しており、若いカップルとお話中だった。だから僕は、
「馬さん、これおみやげ!」とだけ告げて店の中に。
諸々注文していたら、ホールの女性が「おじいちゃん、写真をとてもとても喜んでいます!」と僕に耳打ちした。ひとしきり外交を終えてから、厨房で僕の写真をスタッフに見せびらかして、またぱっと出て行ってしまったらしい。忙しい人だ。今日はお話しできないかなあ。
泣けるほど美味い砂肝の和え物で紹興酒をチビチビしていたら、突然馬さんが僕の席にやって来た。
「ホシノセンセイ、写真ありがとう!」と言いながら差し出したのは、ずっしり重い紙袋。わざわざこの中華街のどこかの店に中国菓子を買いに行ってくれたのだと分かった。メチャクチャ嬉しくて、僕は馬さんに抱きつきそうなくらい感激した。
いつも表で話す時は、馬さんが僕のカメラを取り上げて、通りすがりの誰かやスタッフ、馬さんの店に行列している人にと、誰彼となくツーショットのシャッターを押させるのが常だった。けれど、嬉しくて、初めて僕の方から写真を撮ろうと馬さんに言うと、馬さんは、ちょっと待て、というような仕草をして、またどこかへ行ってしまった。
しばらくして戻って来ると、馬さんは先月GWの時も着ていた「よそ行き」に着替えてくれていた。これでまた感激。

しばらくいろいろな話をした後、馬さんが「調子はどうだ?」みたいなことを僕に尋ねた。八朝師匠の女将さんの葬儀のことなどもあり、「哀しいことが続くし、仕事もけっこう厳しくてビンボーです」てなことを答えた。すると、馬さんが初めて見せる厳しい顔つきになり、こう言った。
「ホシノセンセイ、それいけない。ダメダメ。ワタシ、朝も祈る。昼も祈る。夜も祈る、だからシアワセ。センセイとワタシ、トモダチ。ナカヨシ。みんなシアワセ」
それはきっと、悲観的で後ろ向きなことを言うと、自ら運気を逃がし、シアワセを逃がしてしまう。幸せは自分で捕まえに行くものだ。そんなことを伝えようとしてくれたのだ、と僕なりに理解した。僕は馬さんに叱られた。
「馬さん、わかったよ。ありがとう」
馬さんは見せたことのない厳しい顔つきから、いつもの柔和な笑顔に戻り、自分で言ったことに照れたような様子で、ボクサーのような、太極拳の使い手のような、両手から素早くパンチを繰り出す仕草をした。この数日、ずっと耳鳴りみたいにじくじくと続いていたやるせなさ、哀しさが、少し癒されたような気がした。



僕は馬さんに救われた。
そして僕の中で、また、馬さんの存在が大きくなった。

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