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2021-04

夢の割合。



おととい、網走で昨年より一日早い流氷初日を迎えた。

大学で最初の友だちになったのは北海道、中湧別出身の男だった。

当時遠軽にあった彼の実家を頼って、はじめのうちはそこを拠点にさせてもらい、その後はあてどもなく、在学中数え切れないほど道内を旅した。

1980(昭和55)年3月のある朝。
知床はウトロに接岸した流氷をバックに、東京から来ていた女子二人組の記念撮影のシャッターを切ってあげたのが縁で、その片割れと遠軽の相棒は後に結婚。彼はその後もずっと今に至るまで東京都民であり、横濱人だったはずの僕は19年前から小樽の人となった。

彼と出会わなければ、あるいはあの朝女子のシャッターを切らなければ、おそらく僕は道民になってはいなかったと思う。

大学一年の頃、その彼がよく言っていた。
東京に住むようになってしばらくは友だちも出来ないし、北海道が恋しくて、東京が嫌で、夜ごと見る夢は北海道のものばかりだった。それが東京とその生活に慣れて行くうちに「夢の割合」が次第に逆転し始めた、と。

後に僕はその反対を味わうのだけれど、「割合」の逆転を実感するのは、北海道での冠婚葬祭が増えて行くことと比例していたように思う。

このところまた、悲しいかなとくに葬儀参列が増えている。
もっとも印象に残っているのは、かつて雑誌で取材させていただいた小樽の一風変わった焼肉屋「みのかさや」のご主人廣瀬聴寿さんの通夜だ。

minokasaya.jpg


みのかさやの店主の訃報は通夜当日、出版社からの電話だった。
とるものもとりあえず、斎場に向かう。

葬儀の終わりに、故人のプロフィールを喪主ないしは葬儀委員長が紹介する北海道独特のスタイル。その晩はご長男がその役目だった。その中で、とある文章の引用(かなり膨大!)にどうも聞き覚えがある。それは雑誌に掲載した僕の文章だった。

葬儀終了後、喪主のご長男に先ほどの書き手である旨を挨拶すると、
「父は自分が取材されたあの文章をとても気に入っていました。今日はたとそれを思い出し、書いてくださった方に参列していただきたくて、雑誌社に電話させていただきました」



2008年6月に急逝、北海道に来てからもっとも一緒に仕事をこなしたデザイン&印刷会社の社長が昨年末の僕の夢枕に初めて現れた。56歳の誕生日に間に合わずに逝った彼の胸に、僕は顔を埋めるようにしながら、「なぜ(ご自分が召されてしまったことに)気づかないのですか!?」と激しく泣きじゃくっていた。彼はそんなことおかまいなしに、ゆったりとおおらかに微笑んでいた。



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