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2021-04

並木の薮が!?

更地

3月28日月曜昼。歩き疲れて雷門。小腹が空いたし喉も乾いた。
こんな時は雷門を背にしていつもの店に向かう。あれ。何かへん。
通り過ぎた? まさか。つい最近、同じ体験をした。小樽の行きつけの床屋を久しぶりに訪ねたときのことだ。でも今回は…

もう一度雷門を向いて数歩戻りながら、思わず息をのんだ。
お江戸薮そば御三家のひとつ、浅草並木薮そばが更地になっていた。
そんな馬鹿な。最近足を運んだばかりなのに…。

建築計画

僕は無意識のうちに大声を出していたらしい。
工事の人に混ざって、ひとりジャケットを着ていた目元の涼しい短髪の紳士に話しかけられた。

「すいません。そうなんです。建て直します。11月の1日に再開の予定で、ちょっと長いことご迷惑おかけしますが」

「あ、でも、その…」
としどろもどろの僕の言わんとしていることを察したらしく、
「構えも、内装も、だからあの椅子席や小上がりの形も、帳場も厨房も、すべて完全に復元しますから」

そう。神田まつやも同様だけれど、ビルとビルに挟まれて奇跡みたいに存在していた古い日本家屋をピカピカにしてしまうのかと、僕は一瞬目の前が真っ暗になったからだ。瞬間的に東銀座の歌舞伎座のことが浮かんだ。

並木外観

「建築計画」とやらに目をやると、3月1日着工、10月30日完成予定とある。建築主は堀田房子さんとなっており、亡くなられた二代目の奥様の名前だ。なぜ分かるかというと、並木薮にしびれ続けて来た身としては、1992年に亡くなられた二代目主人・堀田平七郎さんの著書「並木薮蕎麦遺文『江戸そば一筋』」を所有しているからだ。

omoide2.jpg

並木薮の初代は父上の堀田勝三(敬称略)で、創業は1913(大正2)年だから間もなく百年。勝三はかんだやぶそばの主人堀田七兵衛の三男にあたる。ちなみに、御三家の一翼「池之端薮蕎麦」は、勝三の次男鶴雄が暖簾分けで1954(昭和29)年に創業。大元の「かんだやぶそば」に至っては、1880(明治13)年の創業。ものの本をたどれば、遅くとも1750年頃には「すでに長らく営業していた蕎麦屋」として薮蕎麦の名前が見受けられるという(ウィキペディア参照)。

これぞ老舗の世界(北海道の若いライターが「創業20年のしにせ」という表現をしていたのをかつて読んで腰を抜かしたことがある)。

omoide3.jpg

目の前で僕に言葉遣いも凛々しく語りかけてくれている短髪の紳士は、「江戸そば一筋」掲載の写真で見覚えがあった。僕は意中のアイドルにバッタリ出逢った少女のように半ば喜びで取り乱し、同時に急激に緊張して来た。しかも彼は僕に向かってこう言ったのである。

「お客さんはよくいらしてくれてますよね。ありがとうございます」
「ええ? 僕の顔を覚えてくださってるんですか!? ホントすか?」
「もちろんです。僕ら厨房からお客さんの顔をそっと見てます(笑)」
「ぼ、僕は、並木藪さんが好きで好きで、想い出もたくさんあり、あ、あのそちらは、いや、シャ、写真とってもいいスカ?」
もう支離滅裂である。

並木休業

けっこう頻繁に通っていたのに、なぜ改装の休業について気づかなかったのだろう。吾妻橋薮の移転休業、開業のときも後手に回ってしまったよなあ。と、北海道に帰って来てから、最後に並木薮で撮った写真を引っ張り出してみた。画面後方、帳場の上あたりのを拡大してみて、あ!っとなった。

休業4

『三月一日より十月末日まで 改装に付 休業仕う候』


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