高島平霊園。

6月4日土曜日。
朝10時半に古今亭八朝師匠と都営三田腺の西台駅で待ち合わせた。
師匠の女将さんの一周忌なのだ。師匠のほかには師匠のご長男夫妻と次男。そして後から群馬から一組のご夫婦がやって来た。それから僕。参列者はそれですべてだった。
お経をあげるでもなく、墓前に遺影を置き、供物と線香を捧げた。
二男は師匠の先の奥様のご子息である。お二人の母上は平成十七年にお亡くなりになっている。一周忌を迎えた乃理子さんにはいろいろ事情があって、昨年の葬儀に僕が駆けつけたとき、そこに出された大きな案内看板に書かれた女将さんの姓は師匠の丸山ではなかった。それは誰もの知るところなので敢えて書かせていただく。
師匠の運転で霊園に向かう車中、師匠がこうおっしゃった。『いつかは笑って話せる日が来るとは思うけど、この一年けっこう泥沼だったなあ』。おそらくその事情にまつわることを言いたかったのだろう。
乃理子さん、師匠に運転させて,ずいぶん一緒に飲みましたね。
心の奥でそんなことをつぶやいて,僕は墓前で合掌した。
墓碑にふと眼をやって,僕は息をのんだ。
そこには丸山姓の二人の女性の名前が書いてあった。
お一人は平成十七年没。もう一人は平成二十二年六月四日没、丸山乃理子。
師匠の侠気をそこに見た。
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