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2021-04

テラとクリスマス

1980年12月8日は大学二年だと思う。
夕方の教室がぞわぞわと波立っていて、ジョンレノンが撃たれた一報が飛び交っていた。

教室をあとにテラオと外に出て、キャンパスに近いおでんの屋台でコップ酒を飲んだ。東京の師走のすきま風に乗せて、ラジオからは永遠みたいにジョンの曲が流れ続けてた。その晩から「ハッピークリスマス」は特別な曲になった。

以降、12月8日はどこかしらでテラと一杯やるのが決めごとになり、けっこうムキになってつづけた。


三十直前だと思われるので80年代後半のこと、大学と会社の後輩キタゴーと男二人、クリスマスイブに那須温泉郷からさらに奥まった秘境、北温泉にいた。

早くから酔っぱらったやるせなき男二人で、午後九時台に放送していた映画のエンドロールが終わるか終わらぬかのうちにテラに電話をかけた。ヤツが出るや否や受話器にラジカセのスピーカを押し付け、いきなり「ハッピークリスマス」全一曲を一方的に再生して電話を切った。

翌日、「夜更け過ぎに雪に変わった」雨のお陰で思いがけぬホワイトクリスマスを迎えた僕らが狂気の朝風呂の興奮覚めやらずビールを飲んでいると、突然ドアを開けて雪まみれのテラが現れた。ハッピークリスマスのいたずらがあまりにも口惜しく、未明に車を走らせるも雪で立ち往生。山道で愛車を乗り捨てバスに乗り継いでやって来たのだという!


1992年に僕が北海道小樽に移り住んでからは、さすがに12月8日の儀式を続けるのは物理的に難しくなった。

小樽生活三年目だったか、札幌のおでん一平の雑誌原稿に1980年の屋台のエピソードを書き添えた。あんまり素晴らしい店だったので、今年(1995年)の12月8日は一平を訪ねよう。そう書いた。

僕はそれを実践したのだけれど、そのとき一平の電話が鳴った。店主の谷木さんに「星野くん、あんたに」と受話器を渡された。

「やっぱりいたか。シワス!」

テラの声だった。
雑誌の記事を読んでかけて来たのだった。


今年の四月七日。
永い介護の末に母上を見送り、父親の介護も余儀ない状況で、なかなか時間が思うようにならないテラと、ヤツの地元、舎人公園で落ち合った。

櫻と花火を同時に愛でる贅沢な趣向のその夜、寒風の公園でさんざ杯を交わした挙げ句、さらに谷中の墓地の見事な花の下にも足を運び、山手線の踏切際にある吉田類ゆかりの酒場でさらに一杯やって別れた。

そんなこんなで、ジョンが撃たれて32年経った今も、テラとはくされ縁が続いている。

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