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2021-04

葡萄酒の夜。

ピエール

「絶対に文句を言わないから好きなようにして!」
三月二十日、まな板の鯉を宣言して目を閉じた僕の髪を本気で過激にカットした、スペイン語で “海” という名の美容室のオーナーが、週はじめ、久しぶりに星の庵を訪れてくれた。

彼女は昨年二月末、星の庵の開業以来誰も気にしなかったピエールの額の写真を見て、赤ワインを飲みながら「この赤い顔の人は誰?」と訊いた。

一年前に急逝したピエールというニックネームの友人であること、実はこの週末に一周忌の偲ぶ会をこの店で開く予定であることなどを伝えた。

彼女は「そうなんだ。なんかね、さっきからこっちに向って俺も飲みたい、俺にも飲ませろって言ってんだよね。困ったことに見えちゃう人なんだ」と続けた。

それからしばし、僕はピエールのご両親の哀しみ、駆け付けた元妻や無二の親友の話、ピエールの故郷である遠軽と僕の不思議な縁、ワインが好きだったことなどについて話した。店には僕らふたりしか居なかった。

いつもはけっこうポンポンものを言う彼女が、その日は少し、しんみりした様子で「きついね」と呟いて沈黙が流れた。しばらくして彼女は、

「マスター、赤ワインちょうだい。この人の分。あ、マスターもどうぞ。今週末なんでしょ、献杯しよう」

だから、一年と少し前のその日、二人きりの星の庵のカウンターの上に三つのワイングラスが並んだ。僕はその瞬間、今度この人に髪を切ってもらおう、と思った。


そして週はじめの夜。
「カット後の抜き打ち検査!」と言いながら、実に久しぶりに店に現れた彼女は、ワインを注文して少しして、また自分からピエールの話をした。実は去る三月一日、僕はこの場所でピエールの三回忌の偲ぶ会を開いたばかりだったんだよ、と伝えた。

「そっかそれか。なんかね、なぜあんたは来なかったんだ。どうして出席してくれなかったんだ、って言ってんだよ。だから、あたしはあんたの友達じゃないし、第一会ったことも見たこともないじゃないって言ってるんだけど…」

なんとなく、ピエールなら見ず知らずの人にでもまさにそんなことを言いそうな気がして、僕はまたドキッとした。

昨年の盆に僕は遠軽を訪ねた。
危篤の病院と葬儀でお目にかかっただけのご両親に連絡して墓の場所を尋ねると、主人が絶対引き止めてウチに来てもらうように言ってるので、とピエールの母上が電話越しに言った。

その日僕はピエールの実家でご両親と盆帰りしていた妹さんの歓待を受けた上に、ひと晩お世話になった。
翌日お父さんの運転で四人で墓に参り、お昼もご馳走になった。その晩は、やはり盆で帰省していたピエールの中学高校の同級生たちと酌み交わした。

五日前に僕の髪を過激にカットした彼女は、ゆうべは白いワインを飲んでいた。期せずして彼女は、二年続けてピエールのためにワインを傾けてくれたことになる。
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