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2020-02

父の終戦記念日。

二十八年前の終戦記念日の朝、僕は東京西早稲田のアパートから成田空港を目指して靴を履こうとしていた。そこに横濱の実家の母から電話が鳴って、すぐ帰って来いという。

「え、今日から夏休みで今出かけるとこなんだけど…」
「とうさん、危篤よ」

さかのぼること三年半前、父は直腸癌の手術をした。
当初は早期発見とのことだったけれど、術後に先生から余命三ヶ月の宣告を受けた。

それから父の命は三年以上も永らえ、家族の緊張も和らいできた。
父はこのまま治ってしまうのではないだろうかとすら思い始めていた。

なかなか忙しい広告の仕事をしていたし、父のこともあったし、その三年間は長い休みを取ったことはなかったように思う。久しぶりに夏季休暇を申請して、その日からタイへ出かける予定になっていた。ギリギリまで仕事をして前の晩は準備で飛び回っていた。アパートに戻ったのは真夜中だった。今のように携帯電話もなかった頃なので、あと一分母の電話が遅ければ、連絡のつかいないまま僕はタイへ旅立っていただろう。仮にタイのホテルで捕まえられたとしても、お盆の繁忙期に帰国もできず、僕は人非人になっていたに違いない。


黙祷の時間ころに金沢区の病院に着くと、父方の親戚はおおかた集まっていた。母方の叔母も二人駆けつけてくれていた。暑い暑い日で、蝉時雨がうるさいほどだった。父の意識はなく、荒い息をしていた。今年亡くなった父の一番下の弟が、うわ言を発している父の口元に耳を近づけていた。ほとんど聞き取れない切れ切れのあえぎの中から、四男坊はかろうじて聞き取った、
「兄貴がね、もうレコードが止まった。って」という意味不明な言葉を皆に告げた。


危険な状態を脱した訳ではなかったものの、しばらく小康状態が続きそうだという医者の言葉に促されて、親族たちは夕闇にまぎれていったん三々五々引き上げていった。


その頃は仕事の忙しさを口実に、父のことは母に任せっきりにしていた。
海外へ飛び出そうとしていたことも含め、その罪滅ぼしの気持ちもあって、今晩は自分がここに泊まるからかあさんはゆっくり眠ってくれと母を実家に帰し、僕は父のベッドの隣にもうひとつベッドを置いてもらい隣に寝た。


長年会話のない、絶望的にはぐれた一人っ子と父親の関係だった。
こんな時、意識のない父親にどのように話しかけたものかうまく言葉も見つからなかった。
自分にはただ隣にいることしかできなかった。


夜中の三時頃、父の容態が急変した。

急いでナースコールをし、看護師は慌てて宿直の先生を呼んだ。
僕は急いでナースセンターの公衆電話から母に電話をした。

僕らには深夜の交通手段がない。
僕の車はあの時実家に置いてあったのだっけ。
母は車の運転ができない。
無線タクシーも捕まらない。

僕の実家は病院から車でものの十分ほどの距離なのに、さっきまで親族一同が集っていた病院に危篤状態の夫のために駆けつける術が母にはなかった。

「もうどうしようもないね。あなたに任せたから」

電話口の母が静かな口調で言った。
僕は意を決して父の病室に戻った。

たぶんその際の処置で結果が変わることはなかっただろう。でも、ドラマなんかでよく見る心臓にショックを与える大きな救命の機械が運ばれてきて、慣れない若い医師がその扱いに窮して、その修羅場で、父が最後の戦いをしているその現場で、家電で言うところの取扱説明書みたいなものと格闘している様は滑稽で悲しく、怒りがこみ上げてきた。


僕は自分でも驚くような大声をあげ、父親の足にすがりつき、
自分の口が勝手に 助けてください と発しているのが遠くで聞こえていた。




父が静かになってしばらくして、落ち着きを取り戻した若い医師が言った。

「朝までに病室を空けてください」

まったく想像もしていなかった言葉をぼーっと聞いていた。
もう怒りも絶望もなかった。
ただ白けたような虚無感だけが溢れてきた。


夜明け過ぎに、ドラマみたいに真っ白い朝もやに包まれた病院の裏口から、紹介された番号からやってきた見知らぬ葬儀屋さんと二人で父親を彼の車に乗せたところで、四年近く続いたその病院との付き合いが終わった。



終戦記念日は、だから、二十八年前から父の戦いが終わった日にもなった。
平成になってまもない終戦記念日だった。


今日は平成最後の終戦記念日だという。 IMG_7592.jpg
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