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2021-04

わたしの蕎麦包丁3

包丁3


(「わたしの蕎麦包丁2」からのつづき)

当時僕が雑誌に連載していた、食べ物屋の道具をめぐるエッセイみたいなページの「蕎麦包丁の回」を、吉澤さんに見せた。
この連載では、見開き2ページにどーんと道具の切り抜き写真を配して、そのまわりに文章が流し込まれている。現在進行中のホームページ企画
“JAL SKI 2006”『北海道を味わいつくす!』
http://www.jal.co.jp/jalski/ でもご一緒した、札幌の本田写真事務所の本田 匡さんと組んだ初期の仕事だ。
そのページで取り上げていた包丁は、蕎麦職人界のカリスマ的巨匠が自ら考案した逸品で、彼のお弟子さんたちは皆使っている。購入すると1丁20万円以上はする代物だ。吉澤さんはそのページを、あたかも本物の包丁を目利きするような塩梅で、上下左右さまざまな角度から検証していた。
そしてひと言、
「これよりもいいのを作ろうな」
と吉澤さん。

僕は、かのコピーライター氏が編集長に言っていた「いずれ人間国宝」という言葉を思い出していた。モノの本によれば、
【 いわゆる「人間国宝」とは、重要無形 文化財指定の技術等の保持者として認定された者を指す 】
ということで、『吉實』は、正確には「東京都江東区重要無形文化財指定店」であり、長男操さんの父上は、その「保持者」なのだ。
そんな人が言う、「これよりいい」とはどういうことを指すのか。
そういう人に、オーダーメードすると、どういうことになるのか。
これはもう、わくわくを超えて足が震えた。
だいたい、職人さんに直接モノづくりをお願いするなんて、もちろん初めてのことだ。それもこんな凄い人に。「おいくらですか?」なんて聞いていいものか。ど素人の分際でこんなビッグマンにずうずうしくお願いしておきながら、「お手柔らかにお願いします」とか言うのか?
吉澤さんとの間には、結局「いくらでお願いします」という会話はなく、「雑誌の写真の包丁は20万円以上もするらしく、そこまではとても」という、僕の「気持ち」だけは表明しておいた。

約束通り「文通」した、緊張の一年が過ぎた。

同じ百貨店の同じ催事の場で「贈呈式」が行われた。
何重にも新聞紙を巻き付け、ていねいに包装された「それ」を順繰りとひも解いてゆくと、中から雅な一丁の包丁が現れた。その美しさに僕は息をのんだ。もう、細かいこと(?)はどうでもよくなった。
そこへあっさりと、
「◯万円でいいかい?」
と吉澤さん。

僕は、拍子抜けとかいうよりも、猛烈に感動した。ものの値段はあってないようなものかもしれないが、どう考えても、そんな金額ですむ訳がない。あまりにも高い極みの世界にいる方が、恐れを知らないど素人に対して、もはや苦笑失笑で、まあ頑張れよ、とエールをくださったのだと都合良く解釈した。ありがたかった。
そういえば、当初価格を抑えるために、握り手の部分はそのままにしておくから、後から自分で布を巻くなりして使うといい、と吉澤さんは言っていた。それが仕上がりを見ると、鋼の握り部分をきちんと木で覆った柄が作られ、さらにそこにひも状になった籐がていねいに巻き付けられていた。半端じゃない素晴らしい仕上げだ。さすがにそれは言わなければと、「その分だけは追加ですから払います」伝えると、
「そうか、そう言ってたっけ。うーん…」
と長い沈黙。
これで一気に値段は跳ね上がってしまうかもしれない!
吉澤さんは目が疲れた時にするように、左手の人差し指と親指で、目と目の間の鼻の付け根あたりをもみながら、きっと頭の中はぐるぐるしているのだろう。再び僕も緊張に包まれた。
そして、ようやく言った。
「じゃあね、あと5千円ちょうだい」


最後に吉澤さんは、真新しい包丁に僕の名を入れてくれた。
まず畳の上にあぐらをかくような形で、その左足の親指等で包丁の柄の部分を固定する。左手には小さな釘状のもの。右手には小さな金槌。左手のとんがった物の先を包丁のある面にあてながら、反対側の頭の部分を右手の鎚で、こんこんと叩く。これで「ほし野」を刻印してゆくのだ。究極の職人芸に圧倒されて、思わず、
「凄いっすね。どうしてそんなこと出来るんすか !?」
と僕は幼稚な感嘆の言葉を吐いた。
それに対する吉澤さんの返事は、これまで様々な取材をしたなかでも、三本の指に入る印象的なフレーズだった。普通なら、たいしたことないよ、とか謙遜するようなことを言いそうな場面だ。

「そうだよね。
 職人って不思議だよね。
 左手でこう、ガイドしながら名前を打ち込むんだけど、
 俺だって日常生活では当然左手で字なんて書けないよね。
 でもこの字の形は左手が作っている訳だ。
 何度も何度もやってるうちに、
 手が覚えて自然とできるようになる。
 それが職人なんだよね」

(つづく)

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